Act3 生意気なのはお互いさま

「お前はどーしてそーいう言い方しかできねぇんだよ?もっとこう言い様ってもんがあんだろ?!頭いいんだからさ、そん位使い分けろよ?!」
「貴様こそその口の利き方を改めろ!」
「やだね。オレは自分のスタンスを変える気はねぇ」
「ならばオレも変える気はないな。馬鹿相手だからとて、分かりやすい言葉に言い換えてやる丁寧さなぞ持ち合わせていない」
「そういう事言ってんじゃねぇ!誰が分かりやすく言えって言ったよ?!言い方をもうちょっと考えろっつってんの!刺々しいんだよ物言いが!」
「当たり前だ。わざとやっている」
「ふざけんなッ!」

 その日、童実野高校2年B組の教室はいつになく賑やかだった。

 原因は普段滅多に顔を出さない海馬瀬人が登校して来て、なおかつそれに城之内克也が絡んでいる為なのだが、その光景は既に日常茶飯事故に気にするものは誰もいない。

 けれど、どちらも血気盛んな上に(片方は普段は至極冷静なのだが、時と場合と相手によっては豹変するらしい)声が大きいのでその煩さと迫力は半端ない。

 今も教室の一番後ろの隅の席で盛大な言い争いを始めた彼らの周りには自然と人がいなくなり、皆それぞれ既に定位置となっている避難場所へと移動している。

 そんな中で一応彼等の仲間である遊戯・本田・杏子の三人は、つかず離れずの位置をキープしつつ、半ば呆れてその状況を見守っていた。

 今にも互いの胸倉を掴んで殴り合いの喧嘩を始めそうな勢いの二人は、そのまま少し動けばキスをしてしまうのではないかと思うほどの至近距離で顔を突き合わせ、先程からどうでもいい事でかなりヒートアップしていた。その様子は、傍から見れば仲の悪い二匹の動物が牙をむき出しにして唸り合ってる様にそっくりなのだが、本人達は至ってまともに、人間らしく喧嘩をしているつもりらしい。

「……なんていうか、犬猿の仲だよねぇ」
「まああいつらの場合は仲良しの犬猫だろ。普段は犬が猫を可愛がってやってる癖にふとした拍子に物凄い喧嘩すんの。つーかうちのブランキーと近所の野良がそんな感じ。この間なんて鼻の頭齧られたんだぜ」
「へー。犬に猫って懐くんだ?」
「うちの場合は相手がすっげーちっさい子猫だったからな。保護欲湧いたんだろ。道端に捨てられててにゃあにゃあ鳴いてたからよ」
「ふーん」
「まぁ、でも海馬はどうみても子猫じゃねぇけどな。ものっすごい細くてデカイ小生意気な白猫ってイメージ。平気で大型犬の喉に噛みついて行きそうな」
「それじゃ猫じゃなくて虎だよー」
「海馬くんなら猫よりもむしろ虎の方がお似合いだわ。どうでもいいけどいい加減煩いわね。そろそろ止めないと授業始まるんじゃない?」
「おうそうだな。後10分だ。おい、遊戯、あれ止めて来いよ」
「えぇ?やだよ。本田くん行って来てよ。得意でしょ、そういうの」
「オレは痴話喧嘩に巻き込まれて疲れたくねぇ」
「僕だってそうだよ。でもそのうち仲直りするんじゃない?だってほら、段々尻尾垂れて来たし」
「おお、ほんとだ」
「ちょっと変なこと言わないでよ」
「杏子にも見えるでしょ?」
「見えるけど……」

 つい数秒前までこれが本物の犬猫であれば、全身の毛を逆立てて『フーッ!』と唸り合ってる状態だったが、今は大分勢いも衰えてきて、二人の表情も大分穏やかなものになってきている。

 話に夢中で良く様子を観察していなかったのだが、城之内の方が時折笑顔を見せている為、いつもと同じく先に折れたのは城之内の方だったらしい。

 「お前ってほんと生意気!」と既にすっかりと元に戻った口調でそんな事を口走るその頭を持っていた教科書でぱしんと一つ叩きながら、海馬もまた少し口元を綻ばせながら「それは貴様にそっくりそのまま返してやる」と答えていた。

 その様を最後まで見届けていた面々はすっかり脱力し、疲れ果てたと言わんばかりの溜息を吐く。

「お前がお前がっていうけれど、結局どっちも生意気よねぇ」
「杏子ってばしみじみ言わないでよ」
「だって事実じゃない。似た者同士で乳繰り合っちゃってイラつくわ」
「うわこっわ!お前そういう言い方はないだろ」
「あたしは正直に言っただけよ。さ、席に帰りましょ、遊戯」
「うん」
「……オレは絶対杏子のような女とは付き合わないぞ」
「もう、本田くんも。真面目な顔して言わないでよ」
「あー幸せな恋がしたいなー。目の前のあいつらみたいなのはごめんだけどよ」
「そんなこと言って、ちょっと羨ましいんでしょ」
「ぜーんぜん」

 さぁて、授業授業。やべ、宿題やって来てなかった!

 一人そう言って騒ぎながら、自席へと歩いて行く本田の後を追いながら、遊戯は最後にちらりと後ろを振り返った。本日のみならず年がら年中お騒がせしている疑似犬猫カップルは今は至って平和に……多分城之内が今の本田と同じセリフを吐いて海馬に「手伝って〜!」と泣きついている。

 全くもうやってらんないよ。

 そう言いつつも、遊戯はその光景を見るのが案外好きだったりするのだ。たまに場所柄を弁えずにくっつき過ぎて目の毒になる事もあるけれど。

「トムとジェリー、仲良く喧嘩しな♪ってな」

 何気なく前から聞こえてくる有名なワンフレーズにくすりと笑って同意しながら、遊戯もまた白紙の宿題に取り掛かるべく自席へと急いだ。