Act4 毎日が愛しい未熟な僕ら

「なぁ、寄り道して行こうぜ」
「何処に」
「何処でもいーけど。バーガーワールドとかースウィートキングとかー」
「ジャンクフード屋ばっかりだな」
「学生が行く所は普通そうなの!」
「人が多い所は嫌だ」
「人が少ないファーストフードなんてあるかよ。あ、でもスウィートキングなら三階にカップル席があるぜ。あそこならきっちり区切られてるからそんなにゴミゴミしてないと思うけど。そこならどうよ」
「……カップル席?」
「なんで嫌そうな顔するの。別に男女限定じゃないから大丈夫だって。遊戯や本田とも行った事あるし。別名がカップル席って事」
「ふぅん」
「ちょっと、聞いてる?自分が嫌な所にだけ反応するとかどんなだよ」
「聞いている。なんでも良くなって来た。そこでいいから連れていけ」
「はいはい。あ、そこ水溜り!」
「………………」

 そうオレが指をさして声をあげると、海馬は全く目線を動かさずに、くるりと身体の向きを変えて無事目の前の大きな水溜りを回避した。その様をちょっとだけ胸を撫で下ろしつつ見てたオレは今度は前方から来る自動車を見つけて、また声を上げなければいけなかった。……ったく、このままじゃ全然埒が明かない。

 しょうがないからオレはそれとなく周囲の様子を伺って人気がない事を確認すると、相変わらず無言で足だけを動かしている海馬の左手からひょいと鞄を奪ってしまうと自分の鞄と一緒に持ち、空いた掌……というか腕をさり気なく掴むとその身体ごと自分の傍へと近づけた。そして、所謂『腕を組んだ』状態で意気揚々と歩き出す。

 とある平日の、放課後の帰り道。

 今日は午後から学校に顔を出し更に居残りまでしてこれまで溜めこんでいた課題を綺麗に片づけた海馬に、オレは「久しぶりだから放課後デートして帰ろうぜ」と持ちかけて、のんびりとした徒歩帰宅を楽しんでいた。最近は海馬もオレも忙しくて顔を見に行く暇も無かったから、こうして並んで歩いているだけでも結構……いや、かなり嬉しかった。

 オレが話を持ちかけて海馬が渋々だったけれど頷いて迎えの車を断る電話をかけていた時、それをじぃっと見つめていたオレの顔は相当嬉しそうに見えたらしい(自分でも勿論自覚はあったけれど)。

 それが余りにも面白かったのか、電話が終わって携帯を閉じた途端、海馬はオレを見て「無い尻尾をそんなに振るな。千切れるぞ」なんて言って珍しく笑ってた。本当に貴重すぎる素直な笑顔。それが見れただけでも、オレは今日は最高に幸せな日だと思った。朝から酷い雨が降って、学校に来た時は最悪だと不貞腐れていた筈なのに、我ながらゲンキンなもんだと思いながら。

 そんな経緯を経て遂行された放課後デートだけれど、雰囲気が甘いかというとそうでもない。

 現に隣の海馬は学校を出る前から「今日はこれを読み終える予定だった」と言って、鞄から一冊の文庫本を取り出して、隣にオレがいるにも関わらず黙々と読み始めた。普通ならデートの時位……否、せめて外を歩く時位自重するべきだけど、こいつにそんな常識は通用しないからオレも特に何も言わなかった。

 オレとしては色々と話しながら帰りたかったけれど、今夜はオレも海馬もオフの日だし、明日の朝まで幾らでも時間があるから、今無理をして話さなくても別にいい。

 最初はどうして一緒にいるのにオレを無視するんだとか、今やらなくてもいーじゃんとか、色々文句を言ったけれど、それを口にすると無駄に喧嘩する羽目になるから、大人しくする事にした。そうすると海馬の機嫌もいいままだから後が凄く楽になる。ちょっとした事でこんなにも変わってくるのなら小さな我慢なんて何でもないと思った。

 それに、何かに集中していると海馬は凄く大人しい。そして何をしても文句を言わなくなる。これはちょっとした特典だった。今みたくこっそり腕を組んでみたり、どさくさに紛れて顔を近づけて頬にキスをしたって気付かない。だからオレは敢えて海馬の好きにさせて、オレも好きにする事にした。お互いの利害が一致して、万々歳だ。

 組んだ腕から伝わる体温が、結構気持ちいい。

 海馬と付き合う様になってから、本当に些細な事で幸せを感じるようになったと思う。それは当り前の事が当たり前じゃなくて、当たり前じゃない事が当たり前になったからだ。大抵の事では驚かなくなった、というのもある。そうでないとこいつとなんて付き合っていられないから、ある意味では当然なのかもしれないけど。

 こうして放課後一緒に帰れる事や、ファーストフード店に寄る、という事も『些細な事で幸せを感じる』ものの一つだ。今までだったらそんな事でいちいち感動したり嬉しくなったりなんてしなかったけれど、今はこうしているだけで自然と顔がにやけてしまう。ただ、腕を絡めて歩いているだけなのに、しかも相手はオレなんかちっとも見ていないのに。

 それでも、凄く楽しくて。

「なぁ、海馬。オレ今すんごい幸せ」
「いきなりなんだ」
「なんだって、幸せだっつってんの」
「何が?」
「だから今が」
「……意味がわからん」
「別に分かってくれなくてもいーけどさ。あ、本読み終わった?」
「後3ページだ」
「オッケー。終わったらチューしような」
「断る」
「ちぇ」

 まぁでも最後の行を読み終えて、満足気な溜息を吐くその時を狙えば不意打ちで目的は達成できるけどな。

 その時を今か今かと待ち受けながら、オレは隣の横顔をじっと見つめる。周囲の様子にも気を付けながら。  

 今、この瞬間が限りなく愛しいと思う。
 

 ── 放課後の、帰り道にて。