Act2 可愛いもの×2

「……お前、モクバと取っ組み合いの喧嘩でもした?」
「は?」
「ここんとこ、引っ掻き傷があるぜ」
「……ああ、それは寝ている間にやられたのだ」
「モクバに?お前、その年になって弟と寝てるのかよ!」
「違う!何故モクバなのだ!猫だ!」
「はい?猫?」
「そうだが、何か?そんな傷ならあちこちにあるが。ほら」

 そう言って見せ付けるように両腕を差し出し、更に学生服の袖まで少し捲り上げた瀬人の手には、確かに城之内が目敏く見つけた首筋についた細い痕と同じものが幾つもあった。まじまじと眺めると真新しいものから古いもの、そしてどう見ても爪痕ではないものまで多種多様の傷が白い皮膚に縦横無尽に刻まれている。

「……うっわーその猫、相当性格悪いだろ。つかお前ん家猫なんか飼ってたっけ?」
「飼い主はオレではない。今月の頭にモクバが拾ってきたのだ」
「へー捨て猫かぁ。海馬家の事だからどこぞの高級ペットショップで人間様の数倍の価値がある物凄い奴飼ってると思ってた」
「飼うならば猫よりも犬だな。従順だから扱いやすい」
「飼えばいいじゃん、犬」
「犬はもう居るだろう。一匹で十分だ」
「へ?居たっけ?犬」
「オレの目の前にいるだろうが。名前は凡骨、オスの17歳。癖と頭の頗る悪い雑種の犬だ」
「……ひでぇ。オレは犬でもペットでもねぇっての」

 あのですね、曲がり成りにもオレはお前の彼氏なんですけど。そう言ってキャンキャン吼えるその様はまさに犬そのものだと瀬人は思った。相手にわざと意地の悪い物言いをしてやったのは、まだ見もしない内に自分と同じ名前の猫を『相当性格が悪い』と言い捨てられた事にカチンと来たからである。

 勿論城之内は件の猫の名前が『セト』などという事は知るはずもない。だから瀬人の怒りは彼にとっては相当理不尽なものだろう。だがそこが瀬人が瀬人である所以だった。

 まだ何もされていない内から先手を取って仕返しをする。それはまるで自分から近づいた癖に引っ掻いたり噛みついたりしてくるセトとまるきり同じだった。モクバがこの場を目撃したら間違いなくそれを指摘するだろうが、幸か不幸かここは童実野高校の教室で授業開始10分前だった。よって、それに突っ込みを入れる人間は誰も存在しなかった。

「でもすっげー興味あるなぁ、お前の猫。今度見せて」
「オレの猫ではない。モクバの猫だ」
「どっちでもいいじゃん。そんなに傷だらけになってるって事はお前にもちょっかいかけてくるって事だろ。名前なんて言うの?」
「……さぁ。呼んだ事がない」
「自分ちの猫の名前を呼んだ事もねーの?!……お前って変なのな。だから攻撃されるんじゃねぇ?」
「見てもいないのに勝手な事を言うな」
「だから見せてって言ってんのに」
「断る」
「あ、そういう事言うんだ。別にいーけど。勝手に行くし」
「来るな」
「お前無視してモクバの友達として行くからいーもん。つーかオレ、海馬邸顔パスだし?」

 べーっ、とおよそ高校生らしくない態度で舌を出した城之内は、そのまま自席へと去って行ってしまう。その後姿を眺めながら瀬人は肩を竦めて小さな溜息を一つ吐いた。どうせ許可しようがしまいが、あの男は勝手に不法侵入を果たしてくるのだ。家の人間やモクバを味方に付けてしまった時点でそれは既に諦めるしかない。

 瀬人はうんざりした顔で既に机上に出していた教科書を手に取り、パラパラと捲る。その際右手の手の甲に今朝方付けられてしまった一際目立つ赤い筋を凝視する。それは先程指摘された首筋のそれと同時に付けられた引っ掻き傷だった。

 数日前からモクバは学校の行事とやらで不在だった。それ故セトは必然的に彼が出立する日から瀬人の元へと預けられている。「そんなもの使用人の誰かに頼めばいいだろう」と、出発の当日セトを部屋に持ち込んで来たモクバに瀬人は素っ気無く言い捨てたのだが、モクバは「セトは兄サマがいいって言ってるよ」とガンとして譲らず、殆ど根負けする形で瀬人はセトを預かる事になったのだ。

 モクバが常に甘やかし、好き放題しているのをしっかりと習慣化してしまっていたセトは、昨夜もわざわざモクバが彼用(今更ながらセトは雄猫だったらしい)にと備え付けた小さなベッドを抜け出して、瀬人の眠る寝台へと潜り込み、あまつさえ瀬人の腕を枕に寝ていたのだ。

 そして翌朝、瀬人が僅かに身じろいだ時、自らその場所を陣取ったにも関わらず、驚いて瀬人の腕と手、そして首筋に爪を立てたのだ。朝っぱらから耳元で騒がれた挙句理不尽な痛みまで受けて瀬人は大いに気分を害したのだが、やはり猫相手では怒る事も出来ず、沸々と湧き上がる怒りを無理矢理堪えて学校までやって来た。

 そこで城之内のあの発言である、不機嫌になるなという方がおかしいだろう。
 

『一応躾はやってるよ。トイレはちゃんとするようになったし。オレにはあんまり爪も立てなくなったもん』
 

 数日前、そう得意気に胸を張ったモクバの背に隠しているつもりらしい右手にはセトにトイレ代わりにされた瀬人のジャケットが握られていた。その事に気づいた瀬人がセトを部屋からつまみ出そうとして噛み付かれて流血し、ちょっとした騒ぎになったのだが、モクバが驚きの声を上げたのは、セトに対してではなく兄の方へだった。

 その事にも憤りを隠せなかった瀬人は、即座にモクバが隠し持っていた自分のジャケットを指差し、「嘘吐けモクバ、全く改善されていないではないか」と叱り付けてみたものの、モクバがセトを可愛がるように瀬人もモクバに厳しく当たれない為、全く効果がなかった。よって、セトの我侭は増長する一方だった。

 これがただの猫ならば、我侭だろうが馬鹿だろうがどうとでも勝手にすればいいだろうが、少なくとも彼は海馬家の一員で、名前はその当主と同じセトなのだ。その名を語るからには我侭な馬鹿猫では困る。そう密やかに思っている瀬人だったが、そう思っているのは勿論瀬人だけだった。

 そんな瀬人の気持ちを知ってか知らずか、可愛らしいその顔で無邪気に近づき爪を立ててくるセトに、結局瀬人は翻弄されるがままなのだ。絶えない生傷に、溜息だけが増えていく。

 今夜はモクバが帰ってくるはずだ。これでもうあの忌々しい子猫に神経をすり減らされる事は無い。そうは思っても、彼が家に存在する限り瀬人には我が家が安らげる空間には成り得ないのだ。

 今度こそ周りのものにきつく言って、自室にセトが入り込んでこないように徹底しなければ。そう思いながら既に始まった授業に気づく事無く、瀬人は自分が指名された事にも気付かず教科書を睨みながら凄みのある顔で静止していた。

 数秒後、漸く己の名を呼ばれた事を知り、緩やかに立ち上がった彼は指し示された教科書の英文を、本文を見もせずに朗読しながら、未だうっすらと血が盛り上がる右手の疼痛に心の中で舌打ちをした。
「あれ?城之内、久しぶりー!」
「よ、モクバ。お前随分早いじゃねぇか。サボりか?」
「お前と一緒にするなよ。三日前から研修旅行だったんだ。今日帰ってきたんだぜぃ」
「いーよなー小学生は一杯遊べてよ。研修っつったって観光だろ、観光」
「そうでもないぜぃ。楽しかったけど」
「そりゃ良かったな。……ところで、お前の兄サマ会社にいなかったけど、帰ってきてる?珍しく学校来てたから直帰したんかな」
「兄サマ?どうだろう。会社にいなけりゃ部屋にいるんだろ?オレも今帰ってきて、兄サマにもセトにも会ってないんだ。見てきてやろうか?ちょっと居間で待ってて」
「?……おう」
 

(今なんか瀬人、とか聞こえたけど……モクバ、何時の間に海馬を呼び捨てするようになったんだ?つか、兄サマとも言ってたよな。聞き間違いか?ん?)
 

 言うが早いが直ぐに目の前から走り出したモクバの背中を眺めていた城之内は、一人そんな事を考えながら首を傾げた。
 

 何時もの通り午前中で何時の間にか姿を消していた瀬人の後を追うように、自らも自主的に早退した城之内は、今朝方聞いた猫の話が気になって、結局瀬人の元へと押しかけて来た。念の為最初にKCに足を運び「本日社長は不在です」との素っ気無い返答を貰った後、その足で真っ直ぐ海馬邸にやって来て、丁度門を潜ろうとした所で帰宅したモクバと偶然鉢合わせたのだ。そして今に至る。

 城之内はモクバに言われた通り、既に馴染みとなり大分構造も使用人の顔も覚えつつあった海馬邸へと足を踏み入れ、指定された居間に勝手に入り込みソファーに身体を投げ出してモクバが帰ってくるのを待っていた。どこまでも広い室内に今更ながら呆れた溜息を吐きつつ、これだけ広いと仮に犬がいたって外へ散歩に連れ出す必要なんてないだろう、などと余計な事まで考えてしまう。

 それにしても『海馬にペット』程想像の付かないものはない。あの男に小動物を可愛がる気持ちなんてあるわけがない。大体ある程度物分りのいい『人間』に対する態度すらああなのだ。動物の中でも我侭な部類に入る猫なぞ相手にしたら本気でキレまくるかもしれない。

 あの傷だって大方猫と大真面目に喧嘩してやられたに違いない、きっとそうだ。猫と喧嘩とかお前それ漫画じゃねーか。それくらいならまだいいけど、動物虐待とかやってねーだろうな。

 そう勝手な事を想像し、途中一人笑い転げ、最後はなんだか心配になった城之内だったが、流石の瀬人もそこまではしないだろうと根拠の無い結論に辿り着いたその時だった。小さなノックが二回響き、瀬人の部屋に様子を見に行ったモクバが笑いを堪えながらひょっこりと顔を出した。

「お、どうだった?」
「兄サマ部屋にいたよ」
「そっか。じゃー行ってもいいかな。オレが来た事言ってくれた?」
「それがさぁ。珍しく寝てるんだ。起こすのもなんだから勝手に入れば?あ、なんか食べる?この時間に顔出したって事は昼ごはん、食べてないんだろ?」
「気がきくなー!うんうん、なんでもいいから食わせて」
「オッケー。じゃ、オレ。荷物とか片付けたら兄サマの部屋に行くから」
「はいよ」

 それじゃまた後で。なんて言いながら同時に部屋を出た二人は全く逆方向へと歩き出す。勝手知ったる他人の家、とばかりにすれ違う使用人に軽く挨拶なぞ交わしながら城之内は直ぐに屋敷の一番奥まった場所にある瀬人の部屋へと辿り着いた。そして特にノックもせずに中に入り込む。

 入室した途端常に突きつけられる刺すような視線や、小憎らしい嘲笑が今日は飛んでこないと知っているから幾分気を抜いて見慣れた内部をぐるりと見渡し、常に瀬人が存在する中央にあるソファーテーブルに目をやった、その時だった。

「────?!」

 目の前に飛び込んできた光景に城之内は目を瞠る。
 否、正確に言えば、思いがけないものを見た驚愕に慄いたのだ。
 

 真っ白なソファーの上に横になり、クッションに頭を埋めて眠っている瀬人の顔。ここまでは、まあ見かけたことのある光景だった。しかし、その彼の上……正確に言えばその胸元にちょこんと存在する白い塊と、それを包むように乗せられた傷だらけの手。
 

 ……そんなものは見た事がなかった。
 そして、何処か幸せそうな瀬人の寝顔もまた、始めて目にするものだった。

 ゴクリ、と意味もなく喉が鳴る。
 

 ── なんだこの可愛い生き物達は?!
 

 城之内は声にならない声でそう絶叫し、その場に硬直してしまう。それは余りにも衝撃的な光景だったのだ。予想外過ぎて、一瞬我を忘れてしまうほど。

 暫く彼はその場に固まったように立ち尽くしていた。
 そして殆ど無意識にポケットの中の携帯を取り出して、最高画質に設定したカメラでその光景を切り取った。小さなディスプレイに『可愛い生き物達』がドアップで映り込む。

 それは、後に瀬人が発見し、強制的に削除されるまで待ち受けとして城之内の、そしてモクバの癒しとなるのだった。
「あれ、城之内。なんでこんなトコに立ってんの?座りなよ」
「いや……余りにも凄いものを見ちまったんで、固まってた。あれが海馬の言ってたお前の猫?」
「うん?ああ、アレ?そうそう。でもすげぇだろ?オレも最初見た時吃驚した。可愛いよなー。あいつ飼い主のオレを差し置いてさ、兄サマがいるとすぐ兄サマのとこに行くんだぜぃ」
「で、ああなるわけ」
「うん。兄サマは口では嫌がるんだけど、結局好きにさせてるみたい。オレには躾しろ!って煩いんだけど、自分だって何も言えないんだぜ?で、あんなに傷だらけになってる」
「へー……想像できねぇなぁ」
「あ、それよりもほら、お前の昼食持ってきてやったぜぃ。後はご自由に。お邪魔虫は消えるからさ」
「サンキュー。あ、そうそうあいつの名前、なんていうの?海馬は知らないって教えてくれねーんだ。もう飼ってから大分経つみたいだし、名前くらいつけてるだろ?」
「セト」
「はい?」
「だから、セトって言うんだ。あいつの名前。オレがつけたんだぜぃ」
「セトって……そりゃお前の兄サマの名前だろうが」
「だってあの二人似てるだろ?だからそれしかないよなーって」
「いやそれでも普通兄貴の名前をつけないだろ」
「別にいいじゃん。オレは兄サマの事を兄サマって呼んでるから区別つくし」
「そういう問題なのか?」
「兄サマ、最初はすっごく嫌がってたけど、最近諦めたみたいで何も言わないから、いいかなーって」

 だからあいつは『セト』でいいの。そう言って立ち上がったモクバに「いや、いい訳がないだろ」と内心突っ込んだ城之内だったが、兄以上に頑固者の弟にこれ以上何を言っても仕方が無いだろうと諦めてしまう。きっと、瀬人も全く同じ気持ちで口を噤んだのだろう。確かにこれでは太刀打ちできない。

「それじゃごゆっくり。あ、後で兄サマにセトを返しに来てって言っておいて」

 未だ呆然とモクバを見上げたままの城之内に笑顔と共にそんな台詞を残した彼は、さっさと部屋を立ち去ってしまう。遠ざかるやけに軽い足音に城之内は知らず小さく嘆息すると、目の前に置かれた昼食はさておき、ソファーに転がったままの二人……正確に言えば一人と一匹の元へと近寄った。吐息が触れるほど顔を近づけても彼等はぴくりとも動かない。まるで互いに示し合わせたように同じタイミングで上下する肩に、口元に自然と笑みが浮かぶ。

 否、それは笑みなどという控えめなものではない。見る者が見れば盛大なにやけ顔、と称されるものだった。

(ああもう、ほんっと可愛いなぁ)

 それは城之内が眠る瀬人の恋人であるからとか、小動物がたまらなく好きであるからだとか、そんな前提は全く関係のない感情だ。こんな光景を目の当たりにしたらどんなに心が荒んだ人間でも全てに同じ感想を持つに違いない。絶対だ。それほどまでに瀬人と子猫という組み合わせは癒されるものだったのだ。

 しっかし……それじゃー確かに海馬も嫌がるわけだよな。自分と同じ名前の猫で、オレに性格が悪いなんて言われちゃな。

 相変わらず距離を置かないまま眼下の二人を見つめながら城之内はふとそんなことを思い出す。自分と同じ名前の猫。瀬人の手を見る限り噛み癖や引っ掻き癖があるのだろう。その割に我が物顔で瀬人の側どころか、上に乗って寝息を立てる。

 そこまで考えて、はた、と城之内は閃いた。

(……似てるじゃねぇか)

 そう。その様は凄く『誰か』に似ているのだ。近づけば鬱陶しいと逃げて行き、その割に自分の気が乗ればこちらがどう思ってようが寄って来る。お、と思って手を伸ばせば悪口雑言という牙や爪をむき出しにして人に傷を付ける癖に、側から決して離れようとしない。それどころか身を預けて眠ったりまでするのだ。

 そして黙って眠っていると、頗る可愛い。眠っていればの話だが。

 それはまさに、ここにいる掌に収まるほど小さな子猫とまるで同じで。
 その外見も然る事ながら、内面すら『セト』という名が確かにぴったりだった。ぴったり過ぎて、怖いほど。
 

「なんだかなぁ……」
 

 ぽつりと城之内からそんな声がつい口をついて出てしまう。思わぬ一面を見てしまったからだろうが、今までよりももっと目の前の『可愛い』恋人が好きになりそうだった。こんなに大きいのに小動物認定かよオレ、そんなセルフツッコミも程ほどに、見てるだけでは飽きてしまったそれに手を伸ばす。

 その指先が白い頬に触れる瞬間、不意に青い瞳が現れた。そしてにゃあ、と可愛らしい声が上がる。

「あれ?お前が先に起きたのかよ」

 目を開いたのは、瀬人ではなく『セト』のほうだった。彼は瀬人の上で軽く伸びをすると起き上がり、突然現れた見知らぬ男に警戒をする素振りもなく、ただじぃっと大きな瞳を向けてくる。余りにも真っ直ぐなその視線に。そして、酷く見慣れたその青に、城之内は改めてモクバが「瀬人に似ている」と言った意味を噛み締めていた。

 その青も、視線の強さも、確かにそっくりだったのだ。
 お前本当は海馬本人じゃねぇ?と言いたくなる程。

 思わず城之内はその小さな身体に手を伸ばし、そっと取り上げてみる。意外な事にセトは城之内の手には噛み付こうとはしなかった。ごろごろと喉を鳴らし、まるで甘えるように指に顔をこすりつけてくる。なんだこれやべぇ。可愛すぎる。もう幾度使ったか知れないその単語をただ繰り返し、手の中の子猫に夢中になった。

「なんだよー大人しいじゃん。こいつ人を選んでるんじゃねぇの?」

 我知らずそんな事を呟きながら、城之内は一人取り残された形となった瀬人を見ながらそんな事を言う。もしや、モクバを挟んでライバル意識でも持たれてるんだろうか。それはそれで凄く面白い。その割にくっついて廻るという事は、似たもの同士好きあってるってカンジに見えるし……。

 オレがこんな風にセトを可愛がっている光景を目の当たりにしたら、きっとこっちの瀬人は不機嫌になるんだろう。その様子を勝手に想像し、一人ほくそ笑んだ城之内は、「今度そうやって嫉妬させてみっかな」、と余り宜しくない計画を立て始める。何時も言葉の爪や牙で噛み付かれ、引っかかれて痛い思いをしているのだから、たまには仕返しをしてやりたいのだ。

「でも安心しろよ。オレ、猫もすっげぇ好きだけど、一番好きなのは人間の瀬人くんだからさ」

 未だすやすやと安らかな寝息を立てるその顔に、そんな事を言ってみる。それに答えるのはにゃあ、の鳴き声。「お前に言ってるんじゃねぇよ」と笑いながら、それを証明するべくセトを手に抱えたまま眠る瀬人へと顔を近づけた。
 

 そして、小さなキスを一つする。
 

「うわっ!いってっ!!」
 

 瞬間、ガリ、と嫌な音がして、セトを包む手に痛みが走った。はっとして顔を上げて目を向けるとそこには小さな引っかき傷が三本くっきりと刻まれていた。どうやら、嫉妬をしたのはこちらのセトのほうだったらしい。

「参ったなー」

 そう言って手の傷を舐める城之内の口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。ちっとも参ってないその顔を見上げて、セトはまた満足気に声を上げた。いい加減持っているのも可哀想だと解放してやると、彼は即座に瀬人の上へとよじ登る。

 その様子を至極微笑ましげに眺めながら、城之内は今度こそ『瀬人』を起こすべく、もう一度顔を近づけた。途端に上がるにゃあの声。
 

 数秒後、再び重なる唇と同時に城之内の手にまた痛みが走るのだが、それを華麗に無視しつつ彼は瀬人が目覚めるまで同じ事を繰り返すのだ。