仲直りの方法

「くっそすっげぇイラつく!!なんか段々腹立ってきた!!」

 そう言って「あーもうっ!」と声を上げつつ、椅子に逆に座り背凭れを抱える様にしていた城之内は、その椅子ごと後ろに仰け反って上を仰いだ。未だ大半の生徒が居残っている放課後の教室で、何時もならいの一番に姿を消す城之内が、どこか浮かない顔で机に突っ伏していたのを見かけた遊戯が声をかけたら、返って来たのは酷い仏頂面だった。

 最初は声をかけても「別に。早く帰れば?」なんて追い返す真似をしたが、その顔には『話を聞いて欲しい』と大きく書いてあったので、結局自席まで呼んで話を聞く事になってしまった。

 遊戯が席に付き、城之内がその前の椅子に陣取る形で始まったその会話は余りにもいつも通りの事で、受け答えも代わり映えのしないものばかりで、話している内にまた苛立ちがぶり返した徐々に下がっていく城之内のトーンに遊戯が軽く苦笑したその時だった。不意に体勢を戻した城之内が、やや真面目な顔でこんな事を言い出したのだ。

「あーオレも超能力が使えたらいいのになぁ」
「いきなり何の話?城之内くん」
「お前と『遊戯』はいいよな。なんでも分かり合えてさ」
「……やっぱり、不機嫌の原因はそれだったんだね。また海馬くんと喧嘩したんだ?」
「ご名答。今日で冷戦三日目です。メール総スルー、KCでは門前払い、家に行けばバリケード封鎖と来たもんだ。オレどんだけ嫌われてるのよ」
「毎回毎回飽きないねー。喧嘩するほど仲がいいって言うけどさ。原因は?」
「忘れた。すんげー些細な事で言い争ったんじゃなかったかな」
「へー」
「呆れるなよ。普通は違うんだろうけどオレ等の場合、ただの言い争いが血を見るんだからな!」
「君も海馬くんも手が早いからでしょ」
「だって、口で言っても分かんねぇんだもん。もうオレ、あいつが何考えてるかぜんっぜん理解できねぇ」

 大体海馬ってオレの言葉聞く気ねぇしよ。そう言って口を尖らせたその顔を、遊戯は思わず真剣に見つめてしまう。本人に言うつもりはなかったが、遊戯がからすればそれはどっちもどっちなのだ。

 城之内もこうして人と話している時に、相手の顔を余り見ようとしない。言いたい事だけを口にして人の話を余り聞こうとしない、だから随所で衝突が起きる。それは至極単純な事だった。

 本来、超能力なんて誰にもない。引き合いに出されてしまったが、自分ともう一人の遊戯とて同じ事だ。肉体を共有はしているものの、互いの心を覗き見する事など出来ないのだ。それは、例え二心同体でもしてはいけない事だから。

 それでも、同じ体を共用する以上相手とは深く分かり合いたいと思う。だからこそ、自分は『彼』と良く話をするし、心の部屋で触れ合ったりもする。例えそれが現実のものではなくても相手の体に触れながら、見詰め合って話をしているとなんだか心の奥底が見えるような気がするのだ。

 勿論、見える訳も無くそんな気がするだけだったが。

「あのね、城之内くん。僕ともう一人の僕だって、お互いの事なんて話さなければ分からないよ?」
「分かるだろ。一つの体使ってんだから」
「そうかも知れない。けど、僕も彼もそれはしちゃいけないって分かってるんだ。分かってるからこそ、そんな事は出来ないんだって思い込んでしないようにしてる。僕達も良く喧嘩するけど、仲直りの方法は多分、同じだよ」
「殴り合い?」
「まさか。根気強くちゃんと目を見て話し合うんだよ。必要な時はぎゅっと抱き締めたりするし。だと、相手がどう思ってるか分かるんだ」
「……嘘吐け」
「嘘じゃないよ。試してみたら?」

 そうしたら、きっと直ぐに分かり合えると思うけどな。

 最後に、にこりと小さな笑みまでつけてそう言う遊戯に、城之内は暫らく「うーん」等と唸って考えているようだったが、やがて諦めたのか吹っ切れたのか分からない曖昧な表情を見せると、ガタリと音を立てて席を立った。そして近くに投げ捨てていた鞄を拾いあげる。

「とりあえず帰るわ。サンキュー」
「ちゃんと仲直りしてね。海馬くんにたまには学校に来てって言って。もう一人の僕がデュエルしたくてうずうずしてるって」
「オレはお前等のメッセンジャーじゃねーっての」
「あはは。ごめんごめん」
「全然悪いと思ってないだろ。もーいいや。じゃあな」
「うん、またね。城之内くん」

 ひらひらと手を振る遊戯に背を向けて、城之内は余り軽くない足取りで教室を後にする。たかが三日、されど三日。気持ち的には確かにそろそろ限界だった。そう思い、人気のない廊下の真ん中で立ち止まり、西から差し込む夕日を睨みつける。
 

「あーもうっ!しょうがねぇなぁっ!」
 

 数秒後、誰に言うともなくそう口にして、城之内は勢い良く走り出す。彼が作り出す濃い影が、無人の回廊に長く伸びた。
「おい海馬ッ!!……ってうわっ、いきなりモノ投げんな!!」

 城之内がその部屋に足を踏み入れた瞬間、薄いが丈夫な皮製のファイルが勢い良く飛んで来て、扉に当たって床に落ちた。バシン、と派手な音がして、中身が周囲にぶちまけられる。

「貴様何をしに来た!!というか誰が社に貴様の侵入を許可したのだ!」
「モクバだけど。っつーかそれはともかく、お前まだ怒ってんのかよ。いい加減に機嫌直せよ」
「誰が直すか!貴様の顔など見たくもないわ!とっとと出て行け!」
「ごめんって。何が悪いのかなんかもう良く分かんねぇけど、オレが悪いって事で謝るから、仲直りしよ。な?」
「嫌だ」
「!!……ったくもう……」

 あまりにけんもほろろな態度に一瞬頭に血が上りかけた城之内だったが、ここでキレては先日の二の舞になってしまうと、ぐっと我慢をする。そして、心の中で先刻遊戯から教えられた言葉を思い出し、思い切って完全に臨戦態勢に入っている海馬に近づいた。

 常には反らしっぱなしにする目線を一瞬たりとも離さないようにして、ゆっくりと。

「なんだ、近寄るな!」
「嫌だね」
「何?!」
「オレ、お前ともう喧嘩したくねぇもん。それにお前も、喧嘩したくねぇだろ?顔に書いてるぜ」
「……か、勝手な事を言うな!そんな事……っ!」
「お前もオレの目をちゃんと見ろよ。ほら」
「………………」
「な?」

 城之内は何時の間にか椅子に座す海馬のすぐ横まで辿り着き、容赦なく手を伸ばす。この時には既に海馬も逃げる事を忘れていて、スーツを着たままのその身体は敢え無く城之内の腕の中に捕らわれた。

 そして直ぐに椅子ごと向きを変えられて、必然的に見詰め合う形にさせられる。仕上げにこつん、と額同士を触れ合わせ、城之内は軽く笑った。

「遊戯に教えて貰ったんだ。仲直りの方法。そしたらすげぇ。ちゃーんとその通りなんだ」
「……何が」
「うん?お前の思ってる事が良く分かるなーって。お前、オレの事大好きだろ?」
「ふざけるな」
「いーよ別に言わなくても。分かってるから」

 まるで言いくるめる様にそう言って笑みを深めた城之内は、それ以上何も言えなくなってしまった海馬に、軽いキスを一つする。こうしていると、本当に相手の気持ちが分かるような気がするから不思議だ。
 

 尤も、それが真実かどうかは分からないが。
 

「機嫌直った?」
 

 最後にダメ押しの様にもう一度そう口にして、特に反論が出ない事に満足した城之内は、こっちもとどめとばかりに深い深いキスを一つした。
 

 仲直りは、ほんの少しの我慢と口付けで。