Sweets

「なんていうか……意外だよなぁ」
「何がだ」
「いや何がって、分かるだろ?お前自分のイメージ考えた事あんのか?」
「イメージ?取り立てて気にした事はないな。大体イメージなど自分で考えるものではない。他人が勝手に決めるものだ」
「うーん、そうだけどよぉ」
「どうでもいいがごちゃごちゃ煩いぞ凡骨。オレの邪魔をするな」
「はいはい。申し訳ありませんでしたね。マジ時間一杯使うつもりかよ」
「無論だ。貴様はもう終わりか」
「うん、もう見るのも嫌だ」
「底なしの癖に珍しい事だ」
「モノにもよりますしね……」

 はぁ、と小さな溜息を吐いて城之内は手にした小さなカップを傾けてもう何杯目か知れない冷めたストレートティを飲み干した。いつもと違い砂糖もミルクも入れていない筈なのに、口の中には妙な甘さが残っている。辛い……甘いものを食べ過ぎる事がこんなにも辛い事だとは思わなかった。最早何も受け付けないとばかりに膨張しきった胃を押さえながら彼は行儀悪くテーブルに肘を着く。

 いつもならそんな真似をしようものなら向かい合わせで座っている海馬から小言は愚か手痛い拳骨が降ってくるのだが、今日は城之内がどんな態度を取っても嫌味の一つも飛んで来なかった。何故なら彼は非常に機嫌が良かったからだ。

 常に悪口雑言を喚き散らし城之内を大いに痛めつけるその口は、この一時間程の間殆ど言葉を発さずに上品に動き続け、彼の両側にある比較的広い空間には華奢な白い皿数十枚が所狭しと積み上げられている。時折口づけられる皿と揃いの珈琲カップにはブラックコーヒーがなみなみと満たされ一定の間隔で空になり、また注ぎ足される事を繰り返している。

 最初はかなりの驚きをもってソレを見つめていた城之内だったが、今やすっかり慣れてしまった。……目の前の人物の姿そのものと共に。

「しかし気づかないもんかね。海馬瀬人だぜ?」
「貴様が自意識過剰過ぎるのだ。皆他人などそう気にしないわ。特にこう言う場所ではな」
「いや、でもさぁ」
「何故不満そうなのだ」
「別に不満じゃねぇけど」
「なら問題なかろう」

 そりゃそうだけど……バレたら面倒だし。あの天下の海馬瀬人がホテルのケーキバイキングで、これでもかって程ケーキを馬鹿食いしてる所を見つかった日にはどうなる事やら。考えただけでも恐ろしいぜ。

 そんな心の声を勿論声にも表情にも出さずに思う存分呟いて、城之内はいつの間にか突き出されていた空になった皿を受け取ると、嘆息しつつ立ち上がった。どれがいい?なんて聞く必要もない。何故なら置かれているケーキを端から順に制覇しているからだ。

 城之内は一番最初の一列を食べ終えた時点で白旗を上げたが、海馬は既に最終列にまで来ている。その細い身体のどこに入るのか。そして摂取した糖分はどうなるのか、考えるだけ無駄な事だ。
 

『誕生日プレゼント、何がいい?あんま無茶な注文とか、高いもんとかは絶対無理だから。オレの出来る範囲で考えろよ』
 

 海馬の誕生日が迫ったある日。一応自分なりに恋人に贈り物をしようとあれこれ模索してみたもののついぞ答えを出すに至らなかった城之内は、諦めて直接本人にダイレクトに欲しいものを訪ねる事にした。男としては何とも情けない話だが、下手を打って折角の記念日に相手を失望させたり怒らせたりするよりは無難な道を歩んだ方がマシだと思ったからだ。

 尤も、こんな事を海馬に訪ねた所でロクな回答が得られるとは思っていなかったが、祝いたいという己の気持ちを伝える事も大切だと思い、実行に移したのだ。

 そうしたら意外な事に海馬は至って真面目にその問いかけに応じてくれて、ちゃんと答えを返してくれた。

 しかも城之内が予想すらしなかったとんでもない答えをだ。
 

『ケーキバイキングだな。童実野ホテルの2階だったか』
『……はい?』
『貴様が以前お友達と行ったと自慢していた所だ。そこに連れて行け』
『えっ?!い、いいけど……何をしに行くんだよ』
『ケーキバイキングをやっているカフェにケーキを食べる事以外で何をしに行くと言うのだ。貴様は馬鹿か』
『そ、そりゃそうだけど。嘘だろ?ケーキバイキングって……マジ?』
『……それすら過ぎた望みなのか?』
『や、ちがっ!そうじゃねぇけど!!ちょっと吃驚して!!お前ケーキとか食うのか?!しかもバイキングって一個や二個食うんじゃねぇんだぞ?』
『知ってるわ!!むしろ食べたいと言っているのだ!!』
『キレんな!』
『貴様が妙な反応をするからだろう!もういいわ!!』
『うわ、ごめん!!分かった!!分かったからスネるなよ!!じゃー来週の土曜日な!ちゃんと時間空けとけよ。後、変装して来い』
『何故だ』
『目立つからに決まってんだろうが!』
『男がケーキを食べると目立つのか?』
『ちげーよお前だから目立つんだよ。自覚しろ有名人!!』
 

 そんな訳でその辺の女子高生が瞳をキラキラさせて口にするその場所を相変わらずの仏頂面で指定した海馬に、城之内は相当面食らいつつOKを出し、今この瞬間を迎えている。海馬は城之内が強く言い聞かせた通り、普段身に纏う白いコート等の『海馬瀬人』的なアイテムを全て改め、茶と黒の地味な格好に加えて黒髪に伊達眼鏡と言った二重工作までして待ち合わせの場所に現れた。

 その雰囲気の変わりようと言ったら、すぐ隣に居たと言うのに海馬の方から声をかけなければ全く気付かない程で、そこまで来て漸く城之内は海馬のケーキバイキングに対する情熱は本物だという事を知った。そして更に件のバイキングで至極幸せそうな顔で一時間半という制限時間を最大限に活用すべく、あくまで上品に且つ素早くケーキを平らげて行く姿に感服したのだ。
 

 ……見ているだけで胸焼けを起こしたけれど。
「んでもさ、どうしてわざわざオレとこのバイキングに来たがった訳?モクバと二人でくればいいじゃん。別に珍しかないぜ?」
「愚問だな。それこそモクバと来たら目立つだろうが。それに、モクバはパフェが好きなのであってケーキは特に喜ばん」
「そっかぁ……あ!じゃあ家で一杯作って貰えばいいじゃん!あの料理長さんデザートも美味いし!」
「奴はパティシエではない。レパートリーが限られている。それにオレ一人の為に苦労をかけるのも忍びないだろうが」
「……海馬くんらしからぬお言葉で。でも、今日は一つ勉強になったぜ。お前、甘いもん好きなんだな」
「甘いものでは無い。ケーキが好きなのだ」
「そっか。ま、なんでもいいけど。プレゼント、お気に召しましたか?」
「まぁな」
「なんだかんだ言いつつ後10分か〜マジ完食してるし。すげーなぁ」

 海馬が最後のチョコレートケーキに取り掛かり、それを見計らって既に何杯目か分からない珈琲を注ぎ足すと、城之内は空になったポットをその場に置いて感嘆の声を上げた。それに少し得意げな表情をする向かいの海馬を見上げつつ、彼は心の底から湧き出る幸せとほんの少しの可笑しさを滲ませた笑顔を口元に浮かべると、軽く右手を上げて目の前の薄い唇に付いたクリームの残骸を指先に絡めながら弾んだ声でこう言った。
 

「帰りにお土産買って帰ろうぜ。バースディ・ケーキ。勿論オレが払うからさ」
 

 ぺろりと薄茶に汚れた指先を舐めたついでにその唇をも味わう様に、軽いキスを一つする。

 勿論周囲に沢山人はいたけれど、皆ケーキに夢中で誰一人彼らに気付くものはいなかった。
 

「ともあれ、誕生日おめでとう。これからも宜しくな!」