貧乳コンプレックス ♀

「お、これなんかよくね?超ビキニ!やっべこれ殆ど隠れねーじゃん。こんなの着る奴いんのか?!つか、お前着ろ!」
「……城之内」
「あーでもなーお前あんまし胸でっかくないからちょっとなー。あ、これでもいいな。フリルのキャミつき。可愛いじゃん。今の水着って下着とかわんねーな。変なの」
「城之内ッ!!」
「なんだよ」
「き、貴様はこんな場所に堂々と侵入して恥ずかしくないのか!ソレをさっさと売り場に戻せ!!」
「え?なんで?男が水着売り場に着ちゃいけないわけ?すぐそこに男物だってあるじゃん。問題ないだろ」
「というか何故貴様がここについて来た!」
「何でって。そりゃお前、一緒に海行くんだろ?彼氏としては彼女の水着選んでやりたいじゃん、やっぱ。お前ほっとくと色気も素っ気もないスクール水着と変わんねぇタンキニとかしか買わないし」
「余計なお世話だ。さっさと帰れ!」
「じゃ、帰るからこれにして。ブルーアイズカラーだぜ。ボーダーが可愛いだろ」
「い、嫌だ。なんだこれは。こんなものを着て外に出られるかッ!」
「皆着てるって。お前、海に何しに行くと思うわけ?ま、いいから試着してみ?手伝ってやろうか?」
「全力で遠慮する。覗いたら殺す!」
「はーいはい。早くな」
「と言うか帰れ!」
「帰らないって。今日バイト夜からだしぃ〜」
「………………」

 ヘラヘラと笑いながら手を振る城之内に思い切り背を向けて、せとは彼の手から奪い取った水着を片手に近間の更衣室へと飛び込んだ。学校からこの大型ショッピングモールのある童実野町駅南口大通りまで、この暑い最中珍しく歩いて来た為、酷く汗ばんだ体に薄いブラウスが張りついて気持ち悪い。今週末、城之内に海に行こうと誘われたはいいが、水着を持っていない事に気づいたせとは週末までになんとしてもソレを手に入れなければならなかったのだ。

 ああ、やっぱりあいつの目を盗んで来るべきだった。けれど、今週は自由になる時間が今しかなくて、たまたま夕刻のバイトのない城之内と共に帰るハメになってしまった。どうして最初に声かけされた時に「仕事だ」と言って切り捨てられなかったのだろう。失敗だった。本当に、最大のミスを犯してしまった。

 そんなことをぶつぶつと呟きながら、厚いカーテンの向こうに未だにやけ顔で立ち尽くしてるだろう城之内の事を思い忌々しげに舌打ちをすると、せとは漸くブラウスのボタンに手をかける。時間をかけると絶対に覗かれる。過去幾度も繰り返されたオゾマシイ経験から彼女は手早く身体から全てのものを取り去ってしまうと持ち込んだ城之内プロデュースの水着を手に取った。

 彼の言う通り、鮮やかなマリンブルーとホワイトのボーダー柄のビキニは確かに可愛いと言われれば可愛いかもしれない。が、問題はそのサイズにある。

(……どうみてもDカップ以上ないと無理だと思うんだが。ビキニパンツもまた然り。紐とか!こんなもの、絶対に履いたら落ちる!)

 思わずまじまじとビキニと自分の胸や尻を見比べて、せとは大きな溜息を吐く。上げ底で漸くBを獲得している貧乳小尻コンプレックスを持っている身としては、こんなものは嫌がらせ以外の何者でもない。大体色気も素っ気もないというが、貧乳の女に元より色気を求めるのが間違っていると何故気付かない!好きでああいう水着を選ぶんじゃないわ。それしかないのだ!少し頭を働かせろ凡骨め!

 途中から城之内への悪口雑言になった独り言にますます虚しくなりながら、せとはちらりと目の前の鏡を見た。その中に映り込む背ばかりは平均以上で生白く凹凸のない何処をどうみても貧相で色気のない女の姿にうんざりしつつ、とりあえず着て見せない事には絶対に引かないだろう相手の為にのろのろと身に付ける。

 やっぱり、胸が微妙に余って下も紐を最大限に締めたにも関わらず質量が足りないからなんとなく落ち着かない。あぁ、やっぱりこんなのは無理だ着こなせない。これはもうなんと言われてもいいから自分が落ち着く水着にしよう、そうしよう。そう心に決めて、せとがさっさと脱いでしまおうとビキニのホックに手をかけた、その時だった。

 シャッ!と小気味いい音がして、思い切り良くカーテンを開けた城之内が顔を突っ込んでくる。

「なーもう着れたー?」
「!!……じょっ………」
「お、着れたんじゃん。んーやっぱちょっと大きいかぁ?下がゆるゆるー」
「きさまぁああああ!!いきなりカーテンを開ける馬鹿がいるかこのヘンタイ男!!」

 こんなことはもう慣れたとは言え、やはり何回やられても腹が立つのは当然で、せとは思わず突っ込まれた顔に向かっていつもの癖で蹴りを入れてやろうと足を振りあげる。が、彼女はすっかり忘れていたのだ。今自分が履いているものが、何なのかを。

「うわっ、ゴメン。蹴るなって!お前、そんな事したらそのゆるゆるの紐が……あ!」
「やかましいわっ!蹴りだしてくれる!……っ?!」

 城之内の指摘通り、小尻のお陰で大分緩んでいたせとのビキニパンツの紐が足を振り上げた勢いでぱらりと解けた。そして。尤も隠すべき部分が、物凄い角度で城之内の眼前に晒されることとなったのだ。

 慌ててしゃがみこむものの、時既に遅し。

「ぎゃああああ!」
「お前さー、ちょっとは考えろって。なんだ今のそのエロイポーズは」
「きっ、貴様が悪いんだろうがぁ!!」
「はいはい。とりあえず、パンツ履け。な?」
「何事も無かったように話を進めるな!!」
「何事もあるぜ。今ちょっとすんごい大変なことになってるから早くして。もー水着は何でもいいからとっとと買って帰ろうぜ」
「ちょっ……目の前に不快な盛り上がりを見せ付けるな!!」
「だってしょうがないだろーお前今何見せたと思ってんだよーヤバイだろ常識的に考えて」
「し、知るか!いいからでていけ!とっとと帰れ!」
「冗談やめろよ。早くしないとここで襲っちゃうけど」
「死ね!ヘンタイ!!」
「とりあえず、店員に聞いてこれのワンサイズ小さいの探して貰おうな」
「既に決定か!!」
「うん。あー今週末楽しみだなー!脱がすのが!」
「ふざけるな!!」

 その後、希望通りの水着を抱えたせとが疲労困憊の顔をして店を出たのだが、その理由は城之内だけが知っているのだ。

 週末の天気は降水確率0%。さぞかし、いい海水浴日和になるだろう。