悪魔の微笑

「お前って本当に学習能力ないよな。頭いいフリして実は馬鹿だろ」
「……煩いな。何をしに来た」
「愛しい愛しい恋人が、風邪拗らして寝込んでるっつーから飛んできたんだぜ?」
「……嘘吐け」
「本当だって。オレ嘘吐かないし」
「………………」
「あ、無視すんなよ。今日バイト休みだからずっといてやるから」
「……最悪だ。帰れ」
「帰らねぇよ。何、今日で何日目?」
「………………」
「モクバの情報によると、寝込んでから5日目とか。いい加減入院でもしたらいいんじゃねぇの」
「………………」
「つまんねぇ。構えよ」
「……死ね!」
「お、元気あるじゃん。今日薬飲んだ?」
「………………」
「ここにあるって事は飲んでないのね、はいはい。毎回毎回ほんっと懲りないよなー」

 はぁ、と大きな溜息が部屋に響く。ついでに近づいてくる人の気配。ギシ、と小さく寝台の端が軋み、不躾な来訪者……城之内がそこに腰をかけた事を知る。一人で眠るには広過ぎるそこはこうして端に腰かけ、思い切り手を伸ばさないと、中央に寝ている海馬には届かない。

 その動きを知った海馬は、疲弊しきって殆ど自由にならない身体を無理矢理動かすと、伸ばされる城之内の手から逃れるように逆方向に身を引こうとする。しかし、そんな抵抗など健康体で無駄に元気な相手には意味を成すはずもなく、敢え無く腕を捕らえられてしまう。

「なんで逃げるんだよー。……どーでもいいけどお前痩せたなー何この腕。気持ち悪ぃ」
「……帰れと言っている!貴様の気配がするだけで疲れる!」
「憎ったらしいな、なんだよそれ。折角会いに来たのにさ。半月ぶりだぜ?」
「……貴様の目的など一つだろう。大方宛てが外れて舌打ちでもしたんだろうが」
「あ、お前、オレをそういう目で見るんだ?」
「違うのか」
「違わねぇけど」
「……帰れ」
「帰らない」

 海馬の抗議など右から左に聞き流し、城之内は捕らえた手にそのまま力を込めて少しだけ相手の身体を引き寄せる。きつく握り締められた二の腕に感じる圧迫感に海馬は思わず顔を顰めるが、それを見ている筈の城之内が力を緩める事はなかった。

 海馬の腕を掴んだ人よりも少し長く荒れた指先は、ぐるりと廻った人差し指と親指が余裕で触れる。まるで手首の様な細さだと思いながら、城之内は我知らず舌打ちをした。

「ほっとくとすぐこれだもんなー。だからあんま外国とか行かせたくねぇんだよ。あっちの食いもん嫌いだろ、お前」
「……別に、そんな事はない」
「嘘吐け。ちゃんと食って寝てれば風邪なんてひかねぇんだよ。食ってもいなければ寝てもいなくて、変な風邪大流行の大都会に2週間もいりゃー誰だってやられるっつーの。ほんとに呆れて物も言えないね」
「黙れ」
「黙りません。オレしか言う奴いねぇもん。……なぁ、オレこれでも心配してんだぜ?せめて最低限の言う事は聞けよ。難しい事言ってねぇだろ」
「……やかましい!貴様に何が分かる」
「うっわー!マジで可愛くねぇ!お前、ホントいい加減にしろよ?」
「……貴様こそいい加減に出て行けと言っている!」

 相当熱の篭った息を吐き出しながら掴まれた腕を振り解こうともがく海馬の姿に、城之内は少々……否、大分頭にカチンと来る。折角心配して、本当は休みではなかったバイトを休んでまで来てやったのに、こいつのこの態度は一体なんだ?!そんな至極当然な憤りが心配と気遣いで満たされていた胸中に沸々と湧き上がる。
 

 ── 兄サマが風邪を引いて寝込んでる。今日で5日目。そろそろヤバイかも。兄サマはオマエには言うなって怒ってるけど、一応教えて置くぜぃ。
 

 今日の午後、モクバからこのメールを貰った時、城之内は思わず授業中にも関わらず「えぇ?!」と大きな声を出し、周囲の失笑と教師の怒りを買った。お陰で一人だけ余計な課題を追加されたりしたのだが、そんなものは全くどうでもいい程酷く心配したのだ。

 海馬はこの半月の間海外を飛び回り日本にはいなかったので、城之内はその動向を殆ど掴んでいなかった。しかしそれもいつもの事で、争うだけ無駄だという事を早々に悟った彼は、直ぐに持ち前の切り替えの速さで「便りがないのは元気な証拠」と、特に気にしなくなっていた。

 このような長期出張の時は海馬本人からのマメな連絡がなくても、モクバがそれとなく状況をリークしてくれていたし、時折……本当に時折時差など無関係で鳴る携帯の、それは仕事の電話か!と突っ返したくなるような事務的な電話が掛ってくるお陰でそれ程寂しいとは思わずに済んだからだ。

 しかし今回に関しては例外で、海馬からの連絡は勿論、モクバからの情報提供も余りなかった。もしや何かあったのでは。そう思い始めた矢先にあのメールである。心配するなという方が無理な話だろう。

 結果、城之内は早々に学校を抜け出して、当たり前に入れていたバイトも全てキャンセルし、海馬邸にやって来たのだ。城之内の姿を見た瞬間、あれこれと教えてくれたモクバを初めとする複数人の証言により現在海馬がどの様な状況かある程度理解した彼は、現状を打破すべく海馬の寝室に送り込まれたのだ。
 

 

「皆言ってるぜ。お前が余り我侭だから持て余してるって。具合悪い時はですね、病院という素晴らしい施設があるんです。行けばいいじゃん、病院」
「嫌だ」
「嫌だじゃねぇっての。もしかして注射が怖いとか病院はゆーれいが出るからおっかないとか言うんじゃないだろうな」
「………………」
「黙るなよ!図星かよ!」
「………………」
「あーもううぜぇ!病院が嫌ならとっとと治せ!メシ食え!薬飲め!……オレが来たからには我侭は通らねぇぞ。ちょっとでも反抗したらオレが病院へ拉致ってやるからな!覚悟しやがれ!」

 湧き上がる苛立ちそのままに、およそ病人相手にはそぐわない調子でそう宣言した城之内は、すっかり黙り込んでしまった海馬にニヤリと不敵な笑みを浮かべると、「さーてまず何すっかな」と何故か少しだけ嬉しそうに呟いた。
 

 それが性質の悪い悪魔の微笑だと海馬が知ったのは、大分後の事だったのだ。
「薬は?」
「飲んだら吐く」
「……意味ねぇ。モノ食えねぇんじゃん。どうやって生きてんの?……あー、点滴ね。両腕ヤク中患者みたいになっちゃってまぁ気の毒に。次は手の甲だぞ。手の甲ってすげー痛いんだぜ。メシ食った方が楽だって。お前大体血管細いから刺しにくそうだし」
「……ほっとけ」
「熱下がんないと回復しないんだぜ。薬飲まないと意味ないじゃん」
「オレに言うな。身体に言え」
「偉そうに言うなよ。なんとかなんねぇのかな」

 病人が眠る寝台の上にいるとは思えない程ぞんざいな態度で寝転がっていた城之内は、確かめるように捲り上げた海馬の夜着の袖から現れた白い腕に、染みの様に広がった赤紫の点滴痕を認めると再び大きな溜息を吐く。ついで体形の変化を確かめようと腕以外の場所に触れようとして拒否された。

 が、やはり弱弱しいそれを退ける事など簡単で、厚い羽布団の中に滑り込んだ両手は荒い呼吸で激しく上下する胸部に到達し、即座に感じる気味悪いほどはっきりしたあばらの感触に、城之内は容赦なく「うわ、気持ち悪ぃ」と言い放った。

「なんか猫触ってるみてぇ。ほっそい猫って上半身抱えて持ちあげると骨っぽいじゃん」
「……煩いな」
「元々お前ごつごつして抱き心地良くねぇんだからこれ以上痩せるなよ。薬飲んで吐くんなら吐かない様にオレ口押さえててやろうか」
「鬼か貴様」
「だってよー方法それしかねぇじゃん」

 大体薬吐くってなんだよ、聞いた事ねぇよ。そう言いながら緩やかに身を起こした城之内は、本気で実行するつもりなのか、寝台横のサイドテーブルに置いてある種々の薬が入った大きなピルケースの蓋を開け、中を覗いた。表面に効能が記された薬袋がいくつか無造作に入っていて、どれも処方された日から見て数の減りが少ない。

 マジで飲んでねぇのかよありえねぇ、と呟きながらそれらを一つ一つ検証していた城之内だったが、ケースの一番奥、未だ開封された気配のない袋を見た瞬間、その手が止まった。
 

 ── 袋の表書きは『解熱剤(座薬)』。
 

 それを恭しく手に取ると城之内は中を探り、海馬に背を向けたままほくそ笑んだ。その笑みはまさに「いいもの見つけちゃった」のそれである。

「なぁ、ここにいいもんがあるじゃねぇか、海馬」
「……いいもの?」
「口からでも駄目で、点滴も駄目ならー……下から入れればいーんだよ」
「下?!」
「そ。ここにですね。座薬があるんですよ海馬くん。座薬って知ってます?座って飲む薬じゃなくってぇ……」
「知ってるわ!それ位!」
「お前の得意分野だろ〜?つっこまれんの」
「たわけ!絶対に嫌だぞ」
「あ、もしかして敢えて避けてた?」
「………………」
「はい、図星。お前、当たってると黙る癖直した方がいいぞ。面白いから。なんで嫌がるんだよ、座薬。こんなん別に痛くねーし、一番楽じゃん。オレ、結構好きだけど」

 がさがさと袋から取り出して、銀のプラスチック包装に包まれたそれを見せ付けるように掲げて振る城之内の顔を、海馬は心底嫌な顔で睨み上げた。彼の言う事はほぼ見事に当たっていた。数ある薬の中で一番避けて通りたい部類のもので、何故かと問われれば痛いとか痛くないとかいう次元ではなくそれこそ「生理的に嫌だ」としか言いようが無い。

「……好きとか貴様は変態か」
「変態ってなんだよ。薬だろーが。大体男につっこまれてる奴に言われたかないね」
「!!…………」
「で、どーする海馬くん。薬飲んで吐き出さないように口押さえられんのと、座薬つっこまれんのどっちがいい?」
「ど、どっちも嫌だ」
「じゃーセックスでもして一杯汗掻いて熱ふっとばす?それでもいいぜ。オレはそれがいい」
「ふざけるなよ」
「なら選べよ。オレ優しいから選ばせてやるから。後一分な。決めなかったらオレが強制的に執行してやる」
「執行って何をだ!」
「はい黙って考える。後55秒」

 視界の端に入った壁時計をちら見しながら城之内が得意気にカウントダウンに入る。浮き浮きと浮ついた声で数字を読みあげるその様子に彼が完璧に面白がっている事は見て取れた。

 ……しかし、これは究極の選択だ。どれを選んでも苦しいし屈辱的だし、場合によっては状況が悪化する。その過酷な三択を1分以内に選べ等とはどだい無理な話で、海馬は熱で上手く廻らない頭で必死に考えようとしたが無駄な努力だった。

「はい、一分終了!……決めた?」
「……決まるか!」
「じゃーオレの指示に従え。座薬決定」
「嫌だと言っている!」
「聞こえません。煩く言うとセックス追加しますよ?」
「ろくでもないものを追加するな!死んだらどうする!」
「大丈夫大丈夫。死なない程度にやるから」
「この外道が!」
「看病してる人間に向かって外道とか言うなよ。興奮すると熱上がるからやめた方がいいぜ。疲れるのはお前だし」
「………………!」
「おっと、逃げんなよ。どーせ足腰立たないだろうが。どっちにしてもお前、諦めるしかないんだぜ」

 どうにもならないと悟って咄嗟に逃げようとした海馬だったが、これまた城之内の言う通り数日間寝台の住人だった彼には俊敏性など欠片もなく、城之内が僅かに伸ばした指先に手首をあっさりと捕まえられてしまう。

 つうっと海馬の額に一筋の汗が伝う。
 それが、熱のためだけではない事は明白だった。

「さて。汗もかいた事だし、いっそ全部脱ぐ?」

 掴んだ手首はそのままに、城之内が実に爽やかな口調でそう言った。

 ついで伸ばされる指先から逃れる術は、今の海馬には何一つなかった。
「……ちょっと待て!何故上着のボタンを外す必要があるっ!」
「下だけ脱ぐって恥ずかしくね?どーせだから身体も拭いてやるよ。汗かいただろ?」
「結構だ!」
「暴れんなよ、痛いだろ」
「ならやめろ!」
「いてっ!このやろー!もーむかついた!」

 がり、と嫌な音がして、海馬を押さえつける形で覆い被さっていた城之内の頬に三本の引っ掻き傷が薄らと走った。城之内を押しのけようと抵抗していた海馬の指先が弾みで頬を掠めてしまったのだ。幸い本当に掠めただけだったので、血が流れるまではいかなかったが、蚯蚓腫れになってしまったそこに城之内の理性が音を立てて切れてしまう。

 はっとして海馬が手を引いた時にはもう遅かった。色の変わった城之内の瞳が間近に迫る。

「やめてやろうと思ったけど、やっぱヤる」
「何をだ!」
「ヤる事って言ったら一つっしょ。うつるの嫌だからキスはしねーから、覚悟しろ!」
「ちょっ…と待て!目的が違うっ!」
「や、オレ、元々これも目的だったし」
「最低だな貴様!」
「今更何言われても痛くも痒くもありません」
「あっ、馬鹿っ……やめ……っ!」

 すっかり本気になってしまった城之内は二度と同じ轍は踏むまいと、再び振り上げられそうになる海馬の両手首を押さえつけ、シーツの上にはりつけると、熱の為に酷く上気した首筋から耳元に唇を滑らせた。

 ただそれだけの動作に過敏に身体を跳ね上げた相手にやはりにやりと笑みを浮かべて、彼の弱点である耳の後ろを舐めあげる。途端に上がる妙な悲鳴に城之内は、喉奥で笑いながらその耳元に囁いた。

「抵抗すると思いっきり痕つけちゃうけど、どうする?医者に行けなくなっちゃうかも」
「……なっ!」
「でもお前別に行く気ないみたいだから、問題ないよな?」
「ふ……ざける、な!」
「そうそう。先に座薬やっとく?出てこないようにオレ蓋してやろうか?」
「ほんっ、とうに……っ……下劣極まりないっ!」
「だから何言われたって何とも思わないって。はい足開いて〜」
「誰が開くかっ!」
「開かないんなら強引に抉じ開けるまでです」

 言いながら、何時の間にか海馬が身に付けていた筈の衣服を全て取り去ってしまった城之内は、手首を押さえつけているために使えない手の変わりに、存外器用な足を使って未だ拒否するように身を硬くし、きつく閉じられている海馬の両膝に強引に己の膝を割り込ませた。

 精一杯力を込めていると言っても所詮病人の力などたかが知れていて、程なくして白い膝は城之内に力任せに押し開かれる事になる。むしろその事に余計な体力を使った所為か城之内が膝の間に身を落ち着けた頃には、既に海馬はぐったりと疲労困憊状態だった。

「ほら見ろ、疲れきってやんの」
「だ、誰の所為で……」
「あーやっぱりこれじゃー勃たないかー後ろ濡れてもないし、きついかな?舐める?」
「ちょ……何故舐める必要があるっ!」
「なんとなく。……よっこいしょ。あー部屋明るいからよっく見えますよ。ちょっと可愛くね?」
「ひっ!……あっ!……そ、こで…しゃべる、なっ!」
「あ、息が感じるのね。おもしれぇ。今日オレ超サービスしてやるよ」
「そんなものいらんわ!……うあっ……ぁっ……!や、めっ!」

 身体ごと下にずり下がり海馬の中心に身を屈め、尤も他人の目に晒したくない部位を思いっきり凝視して顔まで近づけた城之内は、いちいち反応する相手の様子に心底面白がって言葉通り海馬の双丘の間に顔を埋め、未だきつく閉ざされた入り口を舐め上げた。

 生暖かいぬるりとした舌の感触に、海馬はびくりと背を跳ね上げ己の足の間にある顔を膝で挟み込む。しかしそんな彼の様子などお構い無しに徐々に綻び始めるそこに舌の先端を捻じ込んで更に奥を探ろうとした。

 内部に入り込んだ舌先に感じる熱い体温。頭上から聞こえる喘ぎとは違った苦し気な呼吸から、彼は確かに高熱を患った病人だと言う事が分かる。しかし、そんな事は今の城之内にはどうでも良かった。

 途切れ途切れに聞こえる、人でなしだの死ねだのの言葉は、城之内の行動をより熱心にする起爆剤にしかならなかった。

「ここ舐められるのってそんなに気持ちいいのかね。経験したいとは思わねぇけど……そろそろいいかな?」

 一通りその場所を舌で蹂躙し、柔らかく解れた事を指先で確かめると、城之内は直ぐ側に放ってあった薬のプラスチック包装を片手で押し破りころりと掌で受け止める。そして相変わらず目の前にある、今はすっかり濡れて柔らかく充血している海馬の入り口を見つめるともう一度軽く舐めあげて、掌から指先に取り上げた薬を、狙いを定めるようにそこに宛がった。

「オレ、こんなにやらしー座薬の入れ方始めてみる」
「……ばっ!……馬鹿か!貴様がやっているんだろうが!や、やるなら早くやれ!」
「はーい。じゃあ入れますよー力抜いてくださーい。……つーか思ったよりもでっかいよこれ。指ごと奥に突っ込んでやろうか」
「は?!……ひっ……!!……んっ!」

 城之内のそんな暢気な物言いと同時に、白く紡錘形の坐剤が指先と共に海馬の中に飲み込まれていく。静かな部屋にやけに響く海馬の荒い息遣いと粘着質な音が、余計に彼の羞恥を煽り、普段よりも大分血色のいい肌が更に赤く染まる。

 そんな目の前の身体の変化をやはり楽しげに見下ろして、城之内はそのまま容赦なく指を根元まで押し込んだ。

「……じょ、……城…之内っ!」
「あ、すげー。つーかお前の中めちゃくちゃあっつい。指火傷しそう」
「……ゆ……指は、……余計……抜け……っ」
「何言ってんですか、指どころかこれから挿れますよ。蓋するって言ったじゃん。溶けるまで10分だっけ?それまで指で遊ぶ?」
「あっ!……ば、馬鹿者っ!……やめろっ!」
「あ、駄目か。前立腺刺激しちゃうとあれか、中濡れちゃって出てきちゃうか」
「具体的な説明をするなッ!」
「じゃーやっぱ挿れるわ。中出ししないようには気を付けるから。薬の邪魔しちゃ悪いっしょ」
「ふざけるな!!……いっ!!……ま、待て!」

 ずるりと中から指を引き抜くと同時に城之内は間髪入れずとっくに準備が出来上がっていた己自身を僅かに開いたそこにあてがった。くちゅりと濡れた粘膜同士が噛み合う音がして、尤も敏感な部分に伝わる相手の酷く熱い熱に、城之内は渇きかけた喉を鳴らす。無意識の内に海馬の膝裏を掴んだ手に力が入り、指先が薄い肉に僅かに食い込む。掌に、汗が滲む。

「待てない、無理。だから中の座薬出さないように力抜いて」
「……っ、なにが「だから」だ!滅茶苦茶な事を言うな!」
「大丈夫、海馬くんはできる子です」
「できるかッ!死ね!……あっ、やっ……く、うっ!」
「あ、いけそうじゃん。頑張れ」
「……いっ……たっ……んっ!」
「い、たいのはオレもだっつーの…力抜けよっ!…んっ……よ、しっ、全部入った!」
「……は、あっ!」

 常の倍の時間をかけて漸く結合部付近の肌が触れあい、完璧に密着する。互いに全身に吹き出た汗に滑り、髪が乱れて頬に張りつく。城之内の額から流れ出た汗が眼下の海馬の頬に落ち、何時の間にか溢れた涙に混ざってしとどに濡れる。

 衝撃から来る苦痛にきつく寄せられた海馬の眉に、そして涙に濡れた目元に、城之内は軽く唇を寄せ小刻みに震える頭を包むように撫でながら、至極優しく声をかけた。

「よしよし、落ち着くまでこのまんまでいるから。はい深呼吸。痛い?」
「……痛いわっ!……っ馬鹿が!」
「はーい、泣かない泣かない。……ってお前これに耐えられるんなら注射やお化けなんて怖くないだろうよ」
「っ……ひ、比較対象が可笑しいだろうが!」
「あ、元気ですね。じゃ、動いてもいい?」
「………………う」
「呼吸忘れんなよ。お前たまに忘れるから」
「……や、やかましいっ……っあ!……んっ、あぁっ!」

 その台詞を最後に、海馬の口から言葉らしい言葉は出なくなり、ただひたすら喘ぎとも悲鳴とも付かない声が断続的に上がるばかりとなる。既に相手に縋る力すら無くなった腕はシーツに力なく投げ出され、城之内の動きに合わせて大きく揺れる。

 途中からすっかり病人を相手にしている事とメインが何だったかを失念してしまった城之内は、その後海馬がぐったりと意識を失った状態で寝台に沈みこむのと、身を引いた際にその足の間に流れ出た精液に混じって僅かに残った坐剤の残骸を発見し、はっと息を飲み込んだのだ。

 時、既に遅し。

 それから直ぐ、迅速に後始末を終えた彼が、こっそりともう一つのプラスチック梱包を開けたのを、意識不明状態の海馬が知る由もなかった。
 

 その後、海馬は風邪が悪化し肺炎を併発して結局病院へ搬送され、城之内は海馬邸の住人から役立たずの烙印を押されてしまう事となるのだ。
 

 ── そして……二週間後。
 

「フン、オレは今回の事で、神様という存在を信じるようになったぞ、凡骨」
 

 とあるアパートの一室で、にやりといつもの不敵な笑みを取り戻し、仁王立ちをする海馬の姿があった。彼は三日間の入院と一週間の静養で、すっかり健常な状態に回復していた。否、その期間中モクバに徹底的に組み込まれた体調回復プログラムにより以前よりも余程元気が有り余る状態にパワーアップしていたのだ。

 そんな彼の精力溢れる視線が捕らえているのは……それとは対照的に布団の住人となって、寝込んでいる城之内。

 そう彼は、あの日海馬から妙な風邪菌を見事に伝染されてしまったのだ。
 

「悪い事をした馬鹿には天罰が下るとはこういう事だな」
「…………うるせぇ。何しに来た」
「勿論看病だ。この間のお礼にな」
「…………えっ」
「貴様の大好きな薬を持ってきてやったぞ。今度はオレが挿れてやる」
「ええっ?!」
「好きなんだろう?これが」
「いや、あの、ちょっとっ!!」
「安心しろ、貴様なんぞには勃たんからセックスはしない」
 

 狭いアパートに高らかに響き渡る、海馬の笑い声。その手に握り締められているのは……どうみても最大クラスの……坐剤ワンシート。
 

「さぁ、城之内くん?汗をかいただろうから拭いてやる。全部脱げよ?」
「うわっ!ごめんなさい!オレが悪かったです!!」
「問答無用!!さっさとせんか!!」
「海馬くんっ!」
「やかましい!!絶対に許さんぞ!早く尻を出せ!」
「尻とか言うなっ!やめろっ!」
「大丈夫だ。『これは』痛くないからな」
「ああああ、本当に悪かったってばー!!」
 

 坐剤片手に迫り来る海馬の顔、その顔に浮かぶのは、今までに見たことがない程楽しげな笑み。
 

 それこそ……それこそ、何よりも美しい。
 

 ── 悪魔の微笑。