I'm Lovin' it!

 世の学生が、何故コレを好んで食べるのか、どうしても分からない。
 

 白く細い、けれど人よりも少し大きな両手でベーコンレタスバーガーを持った海馬は、心底不思議そうな顔でそう呟いた。その様子をすぐ隣で面白そうに眺めている城之内は、自らも注文したテリヤキチキンバーガーを遠慮なくぱくついている。海馬が持つものと同デザインで、違うカラーの包装紙に包まれたそれは、彼が大口を開けて齧りついた跡が綺麗に残っている。そして口の端には飴色のテリヤキソース。

 それを指先で舐め取りながら、城之内は未だ手の中に開けもせず収まったベーコンレタスバーガーを指差して呆れたように口を開いた。

「食わないうちに何言ってんだ。食ってみりゃいいだろ。ほれ、そこのシール取って、包み紙外して」
「で……これに齧りつくのか」
「そ。残念ながらファーストフード店にはフォークもナイフもありません。お前口ちっせぇからちょっと大変かもな。普通のハンバーガーにしときゃ良かった?」
「………………」
「ま、でもベーコンも美味いし、思い切ってガブっといっちまえよ」

 ほら、こーして。

 そう言うと彼は再び大口を開けて今度は残りの部分全てをぱくりと食べてしまった。……どう考えても口の大きさ以上のものが安々と消えていくその光景に、海馬はぎょっとして目を瞠り、訝しげな顔をする。そんな相手の様子すら、城之内には至極楽しく目に映る。

 こいつってこういうとこ本当にカワイイよな。

 そんな惚気全開の気持ちを声には出さずに心の中で呟くと、今度はセットでついてきたポテトを手に取った。やはり海馬はそれを眺めたままだった。
 

 
 

 彼等がこうしてファーストフード店の片隅で肩を並べる事になったのは、一重に城之内の強引な誘いがあったからだった。今日は珍しく最後まで授業に顔を出していた海馬が、放課後休んだ期間に溜まっていた課題を片付けている間、同じくこちらはサボって溜まっていた課題を共にこなした城之内が「久しぶりだから一緒に帰ろう」と言い出したのが始まりだった。

 それを特に拒否する理由もなく海馬は常に迎えにやってくる車を断り、城之内と共に帰宅する事となったのだ。その途中、突然城之内が「ハラが減った、家まで我慢できない。ハンバーガー食いてぇ」と我侭を言い出した。勿論海馬は即座に却下したが、それでもしつこくハンバーガーと繰り返すその口に殆ど根負けする形で、駅の近くにある城之内御用達というその店に入る事となったのだ。

 自動ドアを潜り抜けた瞬間たちこめる濃厚な油やソースや甘いパイの匂いに一瞬にして腰が引けた海馬だったが、それに逆に「あーもうたまんねー」などと呟いて何時の間にかしっかりと繋がれた手を引きつつ進んでいく城之内に抗う事も出来ずにされるがままに従った。

 勿論こんな店に入る事など初めてで全くと言っていいほど勝手など分からない。それを見越してか、城之内は海馬に何も訊ねる事無く、全部勝手に注文から清算、商品受け取りまでの一連の動作をこなしてしまった。気が付けば海馬の目の前には見慣れないトレーが置かれていて、そこに幾つかの包みとたっぷり中身が入っているらしい蓋つきのプラスチックコップが次々と乗せられ、最後にストローが投げ込まれる。

 そして城之内は自身も量が段違いの同じものを抱えて「じゃ、上に行くぜ」と言ってそれを手に先に立って歩き出した。確かに1階のフロアはどこも席が埋まっていて、息苦しかった。

「オレ、いっつもここに座るんだ。外が良く見えて気持ちいいだろ?」

 そう言って城之内が指し示したのは三階の一番奥の窓際の席だった。窓に向かって一本の長テーブルが据えられていて、そこに外に向かって一列に並んで座る。階段に近い手前の席には、会社帰りのサラリーマンが珈琲らしきカップを片手にしきりにノートパソコンを操作している。その横には気だるげな顔で携帯を弄っている派手な女。……妙な光景だ。海馬は口に出さずにそう思うと、やはり言われるがままに腰を下ろした。

 外は既に日が落ちかけて、オレンジ色の光が目に眩しい。眼下の街では既に街灯が灯り始め、段々と夜の景色に変わっていく。

「じゃ、食おうか。いっただっきまーす」

 がさごそと包み紙を外しながら、城之内は即座に最初の一つに齧りついた。
 

 
 

「………………」

 暫し手の中のそれを見つめた後、海馬は漸く薄い包み紙を上半分だけ開いた。中から出てきたベーコンレタスバーガーを意を決して顔に近づけ、本人的にはかなり気張って口を開けたらしい。サクリ、とレタスを噛み千切る音がして、一旦口元から離されたそれは、城之内の三分の一程度欠けていた。その様子を何時の間にか余すところなく見ていたらしい城之内が途端に吹き出す。

「ちょ……お前、それっぽっちしか齧れないのかよ。ハンバーガー一個に何分かけんだ」
「余計な世話だ!こっちを見るな!」
「だってオレ食い終わって暇なんだよ」

 あっけらかんとそう言い、ほれ、と彼が指をさす先には綺麗に中身がなくなった空箱やくしゃくしゃに丸められた包み紙の山。振るとカラカラと氷の音がするプラスチックコップの中ももう殆ど入っていないのだろう。恐るべし速さである。

「!!あれだけのものを何時食べ終わった!」
「うん?あれっぽっち直ぐだぜ。お前が遅いんだよ。早く食え」
「た、食べるから見るな」
「はいはい」

 たかがハンバーガー食う位で何が恥ずかしいのかね。お前いっつも色んなもん銜えたり舐めたりしてんじゃねぇか。オレの前で。そう考えると食事とかってエロイよなぁ。つか、海馬。お前気付いてないかもしんないけど、外暗くなってきたから窓が鏡になって、お前の食ってる様子丸見えだぜ。あんなぁ、見てくれ気にする女じゃねぇんだからもっとこうガブっと行けよガブッと。

 ……あ、ソースついてる。

 窓越しに映る隣の様子をほくそ笑みながら観察していた城之内は、ふと気づいたその一点にさり気無く横を見る。そして、未だ悪戦苦闘しつつ手の中のハンバーガーを食べていた海馬に素早く近づくとその口元についていたソースをぺろりと舐め取った。

「────?!」
「あ、ベーコンレタスバーガーのソースも結構うめぇ。一口頂戴」
「ちょっ……」

 驚いた海馬が身を引く間もなく人の頬を無遠慮に舐めあげたその張本人は、即座に近くにあった漸く半分に減ったベーコンレタスバーガーにも齧りついた。勢い余って海馬の指まで巻き込んでしまい、頭上で妙な悲鳴が聞こえたが、余り気にせず顔をあげる。

「うん、美味いなコレ。あ、指ごめん、痛かった?」
「き、貴様何をやっている!人の食べているものを横から……!」
「あ、怒ったのそっち?舐めたのは怒ってないんだ?」
「それもだ!何から怒ったらいいのかわからん!」
「だってお前遅いんだもん。ほら、最後の一口じゃん、はいあーん」
「やめろ馬鹿!もうオレはいらん、後は貴様が始末しろ!」
「馬鹿とかいうなよなー。本当に後いらないのかよ。勿体ねぇ。お前にはセットはダメだな。次から単品にしよ」
「次とはなんだ!次はない!」
「そんな事言わないで。社長たるものファーストフード店でスマートに振舞えないなんてかっこ悪いぜ」
「関係あるか!」

 三階建てのハンバーガーショップの片隅で、そんなやり取りをしていた二人の様子は外からは丸見えで、その後煩く騒ぎ立てる海馬の口を塞ぐべく、ポテト片手に大胆にもキスをしたその様まで、しっかりと偶然通りかかったクラスメイトに目撃されてしまった。
 

 後日、この話は密やかに周囲に広まって、そのショップの名前が出る度に、彼等は注視される事となるのだ。
 

 
 

「もう二度と行かないからな。近づきたくもないわ」
「この間お土産にチーズバーガー買って行ったら、モクバすっげー喜んでたぜ?今日は買ってやらないの?」
「そ、それとこれとは話が別だろう。行きたければ貴様が一人で行って来い」
「あ、兄サマ冷たいんだー。お前、モクバと約束してたじゃねぇか。今度は別なの買ってやるって」
「………………」
「じゃ、そーゆーことで。今日も帰りに寄りましょ?店で食べなくてもいいからさ」
 

 な?

 そう言って有無を言わせず手を掴んで歩き出す、その笑顔に勝てるわけもなく。

 二人は仲良く手を繋いで、今日もまた……駅前のあの店に足を向ける。