ストイック・エロティシズム

 ストイックであればあるほど、相反する色気を感じる。数日前、付けっぱなしにしていた深夜番組で顔からして既に好色丸出しなAV監督が、そんな言葉を口にしていた。

 その時は何わけ分かんねぇ事言ってんだ、と鼻で笑って露出度の高いお姉さんがアレコレする番組にチャンネルを変えてしまったのだが、今この瞬間はあのオヤジの言う事は一利……いや、絶対にあると城之内は一人静かに頷いていた。

 空になってしまったジュースのパックをぐしゃりと握り、隅にあるゴミ箱へ目かけて後ろ手に放り投げる。カコン、と間抜けな音がして中に消えてしまったそれに「ナイスシュート!」と一人呟き、それに無反応な目の前の男をちらりと見る。

 真剣な眼差し。俯き加減の白い顔に柔らかな髪が降りかかり、その表情を少し隠している。右手に握られたシャープペンシルの微かな音は、まるでリズムを刻むが如く耳に心地よい余韻を残しながら軽快に紙の上を滑っていく。

 傾き始めた太陽が濃いオレンジの光を放ち、静寂に満ちる空間を淡く照らしている。放課後の教室で二人きり。居残りと称してこの場に留まっていた彼等……城之内と海馬は、ただ静かに片方はペナルティとして課せられた課題を、もう片方は出席率の関係で足りない単位を補うための膨大な量のレポートをこなしていた。

 彼等がこの場に二人になってから既に一時間は経過している。常日頃から勉学には余り熱心ではない城之内は早々に匙を投げ、「飽きたー!」と一声あげると始める前に買って置いたジュースを片手に自席をさっさと離れてしまい、それに全く関心を示さない海馬の前に陣取り、その姿をじっと眺めていた。

 衆人観衆に曝される事に慣れてしまった相手は、そんな無遠慮で不躾な視線でも全く意に介さないのか、特に気にするでもなく淡々と手を動かしている。

 時折、疲れた身体を解すようにふぅ、と息を吐いたり、邪魔な前髪をかき上げたりする以外は彼の行動には僅かな隙も乱れもなかった。そんな相手の様子に最初は「つまんねぇ」と不満に思い、こんなん見ててもしょうがないから続きをしようか、などと思っていた城之内だったが、長時間その姿を見ている内になんだか目が離せなくなり、最後には本格的に見入ってしまった。

 そういえば、二週間ぶりだよな。こいつと会うの。

 未だ特に行動に変化を見せない海馬の顔を眺めながら、城之内はふとそんな事を思う。クラスメイトや友達というごくありふれた名称で繋がった間柄ではなく、一応恋人と名のつく関係の彼等だったが、その実余り実感はなかった。勿論恋人という単語に付随するキスやセックスなどは経験済みでそこに問題はなかったが、その頻度的には大分少ないと城之内は思う。

 常に多忙を極める海馬の事だから一週間や二週間顔を見せない事は当たり前で、顔を見ればヤりたい盛りの高校生としては、随分と淡白な関係だと改めて感じる。それを特に不満に思う事はなかったが、なんとなくつまらない、と思ったのだ。そもそも今のこの状況がそのつまらない気分を助長しているのだが。

 まあ別にいいんだけど、分かってたし。今日もこれから海馬の家に行くし。そう心の中で思いながら、城之内は改めてその姿を凝視する。

 夕日を浴びてより不可思議な色合いを見せる栗色の髪に、不健康なほど色の白い頬。存外長い睫がその白に影を落とし、瞬きに合わせて揺れている。軽く引き結ばれた唇は男の癖に酷く柔らかで、触れると外見の印象と同じく冷やりと冷たい。

 その下にある片手で掴めてしまうのではと思うほど華奢な首筋は、自分と同じものである藍色の学ランで首元まできっちりと覆われていて、それでもその細さ故か窮屈そうな様子は微塵も無い。襟元を少し緩めれば前に悪戯につけた鬱血の痕が現れるのだろう。……それとももう消えてしまっただろうか。

 そんな事を考えているうちに、城之内は段々と妙な気分になって来た。海馬はただ普段と全く同じ、いやそれ以上に真面目に勉学に取り組んでいるのに、その姿が壮絶に艶っぽく見えたのだ。勿論「そういう気分」に気持ちがシフトしてしまったからと言えばそれまでなのだが。
 

 ── ストイックであればあるほど、相反する色気を感じる。
 

 その言葉は、まるで海馬の為にあるようなものだと、城之内は思う。そういえばスーツのネクタイを緩めている姿より、きちっとしている方がなんだかエロイ、と思った事は何度かある。寸分の隙も見せない完璧なモノを乱す楽しみ。海馬と付き合った当初はそれが新鮮で、だからこそ夢中になったのだ。

 下手に媚びたり誘われたりするよりもあの手この手で自分の手中へと引き込んで、最終的に思うがままに攻め立てて、つんと取り澄ましていた顔が苦痛や快楽に歪み喘ぐ様に酷く興奮した。それは、付き合ってから大分経つ今でも変わらない。

 それらを想像するだけで、既に気分は最高潮で、いてもたってもいられなくなる。家まで我慢しようと思ったが、こうなってしまうと絶対に無理だ。それにここは教室でまだ校内に人もいる。外もまだ日が落ちてないから凄く明るい。今まで経験したことのないシチュエーションだ。これは美味しい。利用しない手はない。

 そんな内心の欲望を微塵も見せず変わらない表情で海馬を見つつ、タイミングを計っていた城之内だったが、そんな彼の視線に今まで完全無視を通していた海馬が何時の間にか顔を上げていた。彼は少しだけ眉間に皺を寄せて城之内を睨みつけると、神経質にカツカツとペンの先で机を叩きながら苛立たしげに口を開く。

「貴様、さっきからそこで何をしている。さっさと課題を終わらせんか。オレはもうすぐ出来上がるぞ。終わったら、貴様を置いて帰るからな」
「だってよー分かんねぇんだもん。もう諦めた」
「諦めた、ではない。それが終わらないと帰れないのだろうが」
「そんなん知らねぇ。いーよもう別に」
「……呆れた馬鹿だな」

 のらりくらりと投げやりな答えを返す城之内にこれ以上何を言っても無駄と思ったのか、海馬は呆れた溜息を一つ吐くと、再びレポートに向き合った。ぱらり、と参考書の頁を捲る音がする。手を伸ばすのなら今だ、城之内がそう思い立ち上がろうとした、その時だった。

「──── っ!」

 一瞬、小さく息を飲む音が聞こえ、海馬の指先が本から離れる。何事かと目を向けると、振り上げられた白いそこに一筋の紅い線が見え、それは見る見る内に盛り上がりつうっと糸を引いて下に落ちた。どうやら紙で手を切ってしまったらしい。ぽたりと本の上に落ちた血に彼は慌ててそれを退ける。

 そして、存外深く切ったのか止め処もなく流れる血に業を煮やしたかのように舌打ちし、徐にその指先を口に含んだのだ。ちゅ、と意図しない音が静寂の中に大きく響く。

 それは、誰もがよくやる仕草の一つに過ぎない。けれど、それが城之内の目には色っぽく映ったのだ。もうダメだ。これは神様がくれたチャンスに違いない。そんな下らない言葉を胸に抱きつつ、彼は当初の予定通り音を立てて立ち上がる。そしてゆっくりと海馬の元へ近づいて、彼の口内から離された指先を、その手首ごと掴みあげた。

「っ!何す…………」

 自分の指先に夢中で城之内の動向にまるで頓着していなかった海馬は、突然眼前に立っていた彼の姿に驚いて声をあげる。しかし、その言葉は最後まで紡がれる事はなく、重なった唇に阻まれて海馬の口内に吸い込まれた。

 微かな血の味のする舌を捕らえて絡め、自然と寄せられた眉に頓着する事無く強く吸いあげる。下にいる海馬の口の端からどちらのものとも言えない唾液が零れ落ち、制服に濃い染みを付けていく。
 

 グラウンドから、誰かの大きな声が聞こえてくる。
 

「……っ、は……あっ……き、貴様、何のつもりだッ……!」

 息継ぎを考慮するのを忘れるほど夢中になり酸欠で頭がぼんやりとし始めた頃、不意に強く胸を突かれ、城之内は強制的に海馬から引き剥がされた。突然の事に唇を拭う事も忘れて、離れたそれらは未だ粘度の高い透明な糸で繋がれたまま、荒い息を逃している。急な事で心底動揺したのだろう。襲われた側の海馬は驚愕の表情で城之内を見上げている。彼らの手は繋がったままだ。

 今の行為ですっかり潤んだ青の瞳を見下ろして、城之内はごくりと唾を飲み込むと、やけに真剣な声で口を開いた。

「な、ここでヤんねぇ?ていうか、ヤりたい」
「……は?」

 余りに予想外なその一言に、海馬が大きく瞠目した。……一体何を言ってるんだこの馬鹿は。正気か?その眼差しからそんな心の声が聞こえてくる。けれど勿論城之内はそんなものは全部右から左へ受け流した。もう何を言われても、止まるつもりは毛頭なかった。

「ふざけるな凡骨!ここを何処だと……!」
「放課後の教室。分かってて言ってんの。なあいいだろ。誰もいないし」
「いい訳あるか馬鹿が!手を離せ!家に帰ってからにしろ!」
「ダメ。待てないし」
「何を言っている!とにかく嫌だ!離れ……ひっ!」

 漸く不可解な城之内の行動理由を理解した海馬が、断固拒否しようと暴れだす。が、最初からそのつもりで力を込めていた相手に敵うはずもなく、敢え無く両手を拘束され、耳元に吸い付かれた。そのまま舌で愛撫され、途端に力が抜けてしまう。僅かに仰け反った喉元を未だ固く守り抜く閉ざされた襟元を凝視して、城之内は喉奥で笑った。

「だってお前、エロイんだもん」
「……どういう意味だっ!離せと言っている!」
「こんなにきっちりガードされてるとさ、ひん剥いてめちゃめちゃにしたくなるっていうか……」
「?!か、勝手なことを言うなこの変態が!」
「変態とかひでぇこと言うなよ。この間テレビでも言っててさ、ストイックなほどエロいって。あーそれってお前だよなーって今見ながら思ったから」
「そ、そんな低俗な番組ばかり見ているから貴様は馬鹿なんだ!」
「あ、それは認める。認めるから続けていい?」
「駄目だと言っている!」
「じゃーいいや。勝手に続けるから。あ、レポート飛ばない様に重石しとかないとな」

 どうせ許可など得ようが得まいが結果は同じなのだ。そう最初から開き直っている城之内は強かった。彼は言葉通り、閉じた参考書を数十枚にも及ぶレポート用紙の上に乗せ上げてしまうと、海馬を椅子に座らせたままもう一度耳に舌を伸ばす。

 髪に隠れ、目立たないところに強く吸い痕を残しながら、海馬の拘束を片手で済ませると、開いた手で学ランのボタンを外していく。次いで下に着ていた白いシャツにも同じ事を繰り返しベルトのバックルを外し、ズボンのファスナーまで降ろして大きく前を寛げた。

「──── っ!」

 眼前に現れた制服の藍とは対照的な真っ白な肌。以前そこに残した痕はやはり綺麗になくなっていた。夕日に反射してオレンジ色に染まるそこや淡く主張していく白桃色の乳首に唇と舌を這わせ、吸いあげる。鮮やかに刻まれた新たな赤に目を細めつつ繰り返すとその度に肌理細やかな肌が微かに粟立ち、鼻に掛った甘い声と共に小さく震えた。広く静かな教室内で、その声はやけに大きく響き渡る。

「な、こういうのって感じねぇ?スリリングっていうかさ」
「んっ……感じるかッ!……き、気が気ではないわ!」
「だろうなぁ。だってこの角度だと、廊下から誰か覗けばお前のこの格好丸見えだぜ」
「!!なっ……!」
「この教室鍵が掛るんだけど、面倒だから別にいいよな。このままで。誰もこねぇし」
「っ良くない!鍵はかけろ!」
「やだね。だってお前絶対逃げるし。大丈夫だって、早く終わらせるからさ。だから協力して?まだ課題も終わんねぇし、先生が様子を見に来たら困るだろ」
「だ、だったらやめろ!」
「無理。お前も無理だろ。何時の間にか勃てちゃって可愛いーの。触って欲しい?」
「!!」

 言いながら城之内はきゅ、とそれを握りこみ、びくりと身体を跳ね上げた海馬に口付ける。わざと音を立てて唇を軽く吸い、そのまま今度は己の唇で海馬の首筋から胸、そして下腹部まで時折吸い上げながら辿り、漸く握りこんだそれへと触れる。既に暖かな先走りに濡れ、痛いほど固く立ち上がる様に目を細めつつ、城之内はそのままあっさりと銜え込み、緩く歯を合わせて刺激した。

「んあっ!……んっ!……ば、やめっ……!」

 途端に握り締めた海馬の両手に力が入り、ぎゅ、と固く掌が握りこまれる。常ならば城之内の髪を掴んで押さえつけるそれは未だ彼の遥か頭上できつく震えるのみで、突然襲い掛かった強い快感に耐えるだけだ。声を出そうにも場所が場所故に憚られ、それが余計に海馬の羞恥と興奮を煽る事となる。

 そんな彼の様子を上目遣いで眺めながら、城之内は相手が感じる場所を的確に攻め上げた。そして程無くして、一度目の埒開けに成功する。

「うっ……ふ……っ……!!……んんッ!!」

 全身を強張らせ、城之内の口内に全て吐き出してしまった海馬は、相当我慢した所為で呼吸すらおかしくなり、きつく閉じた瞼の淵から涙を滲ませながら、まるでしゃくりあげる様に肩を引き攣らせて快感を享受する。最後の一滴まで綺麗に舐め取り、漸くそれを口内から解放した城之内は何時の間にか座り込んでいた床からゆっくりと立ち上がると手を離し、俯いて呼吸を整えている海馬の頬に手を当ててその顔を覗きこんだ。

「気持ち良かっただろ?」

 悪意の欠片もない、全開の笑顔でそう言う城之内の顔を滲む視界で捉えながら、海馬はゆるゆると首を振ってまだ否と言う。それでも、もう嫌ともやめろとも言わなくなった力が抜け柔らかくなった身体を抱きしめると、城之内は器用に足で海馬の座っていた椅子を蹴り押してゆっくりと彼をも床に座らせた。ガタリと大きな音がしたのにも関わらず、そのまま海馬を押し倒す。

 頭をぶつけないように後頭部に添えていた手を緩やかに引き抜くと、その指先で既に半分ずり落ちていた海馬のズボンを片足だけ脱がせて、白い太股に手をかけた。既に抵抗の意思がないその足は城之内の動きに合わせて存外素直に開いて留まる。

「オレもやって貰いたいけど、なんかもう早く入れたいわ。家でやって?」
「だっ……誰がするかっ!そ、それに、ここでするのならもう必要ないだろうが!」
「あまーい。17歳の性欲をナメちゃいけないよ海馬くん」
「ふざけるな!」
「大声だすなよ。誰か来たらどうすんの?」
「っ!……もう、ヤるならさっさとヤれ!」
「はいはい。なんだ、お前もヤる気なんじゃん」
「たわけ!」
「制服汚すとまずいから勿体無いけどゴムつける。ちょっと待って」

 言いながら城之内はガサゴソとポケットを探り一見それとは分からない形状の袋を二つ取り出すと、口で器用に袋を切って、指先一本触れてはいないのに既に臨戦態勢の己自身と、一度出したのにも関わらず再び頭を擡げかけている海馬に手際よく装着した。薄い膜一枚でも僅かに締め付けられる違和感に海馬はくっ、と唇を噛み締める。

「……何故、そんなものを普通に制服のポケットに入れている……」
「え?だって何処で必要になるか分かんねぇだろ?男子高校生の必需品……つか、身だしなみだぜ」
「………………」
「あ、なんだよその目。違うって、浮気はしてねぇって!これはずーっと入れっぱなしだったの!」
「そうじゃないわ!呆れているのだ!」
「なんだよー役に立ったからいいじゃん。てめーの精液でドロドロになった制服着て帰れんのかお前?」
「せ……!!デリカシーのない事を言うな馬鹿が!」
「うるせぇ!セックスにデリカシーもクソもあるかよ!あーもうお前煩いから先に進む!力抜いとけよ」
「何が……── うぁっ!……あっ!」

 瞬間身を屈めて海馬の足の間に顔を埋めた城之内は、先程散々嬲った前を軽く握りこみ、濡れてはいるものの未だ固く閉ざされた後ろに舌を伸ばす。柔らかに舐め上げ解れた頃を見計らって舌先を挿し込み、締め付けるそこを宥めるように緩々と解きほぐす。

 頃合を見計らい、指を入れて指先が覚えている性感帯をやはり控えめに刺激する。どこか意地の悪い、酷くもどかしいその感触に海馬は今度は自由になった掌で城之内の頭を掴み、指先が白くなるほど力を込めた。

「いてっ、髪引っ張んなよ!」
「あっ……うる……さいっ!んんっ……も、もういいから……早く、しろっ!」
「お?おねだり来たか?!」
「やかましいわ!さっさとせんか!」
「……だからここ教室だって。まあいいけど」

 はあ、という大きな溜息と共に、ゆっくりと指が引き抜かれ、変わりに城之内自身が宛がわれる。何時もと違い生身ではないその感触に一瞬息を詰めた海馬のそのタイミングを見計らって城之内は一気に最奥まで貫いた。

「── いっ!……くっ……んうっ……!」

 途端に上がりそうな悲鳴を自分の掌で塞ぐことで堪えながら、海馬の背が思い切り仰け反る。それを見た城之内は浮いたそこに手を差し込み、そのまま強引に掬いあげると自分も身を起こし、向かい合って抱き合う形で繋がりあう。顔同士が酷く近くなり、そのまま額を触れ合わせまるで擦り付けるように動きに合わせて重ねあうと、流れた涙を舌で掬い取り、口を塞ぐ手を外させるとそのまま深くキスをする。

 呼吸も喘ぎも全て飲み込んで、ただ相手に繋がりたいと舌を絡め、唾液を混ぜる。一際強く突き上げた際、思わず仰け反るように離れてしまったその顔を見つめながら、城之内はやっぱりこいつはエロイよな、と改めて思った。先程まで取り澄ましていた白い顔が、酷く鮮やかに上気して汗と涙に濡れる様はどうしようもなくイヤラシイ。

「やっ……ああっ!!……あっ、あ、城……之内っ!」

 最後には声を抑える事すら忘れて、助けを求めるように必死に自身の名を呼ぶ甲高いその声に、城之内は心の底から満足して、ほぼ同時に高みへと駆け上がる。
 

 掴まれた肩の痛みが、いっそ酷く心地良かった。
「……で、どうするんだこの始末……」
「……えっと……あの……どうしよう……」
 

 そんな幸せに浸ったのもその実数分間の事だった。

 後に残ったのは甘い余韻の欠片もない、ぐちゃぐちゃになったレポート用紙数十枚。余りにも夢中になりすぎて、机上で押さえつけていたはずのそれが衝撃で本と共に床に落ちた事に気付かず、そのまま下に引き込んでしまったのだ。気を付けてはいたものの、後始末の際に結局あちこち汚してしまい、しわくちゃになったそれには転々と既に忘れていた海馬の指からついた血や、それ以外のものに濡れた痕が残っている。

「書き直すのか。この二時間の努力の結晶を」
「だ、大丈夫だって。お前書くの早いからちょちょいのちょいっと……」
「ふざけるな!!貴様がこんな場所で盛るからこうなったんだろうが!!」
「ちょ、盛るとか。お前だってノリノリで……」
「やかましい!!もう今日の予定はナシだ!貴様なぞ当分我が家の敷居をまたがせんからそう思え!!」
「ええええ?!そんな殺生な!!」
「問答無用!とっとと自席へ帰って課題を続けろ馬鹿犬が!!」

 言いながら海馬はさっさと乱れた制服を元に戻し、背についた埃を軽く払ってまるで何事もなかったように席に収まり、軽く舌打ちをした後、まっさらなレポート用紙を取り出して、苛立たしげにペンを走らせはじめる。再び隙がなくなってしまった身体と顔。けれど寸分の乱れもなく着込まれた制服の下には、今しがた新たにつけた痕が色鮮やかに残っている事を知っている。
 

 ああ、やっぱりエロいよなぁ。
 

 口に出したら、今度こそ殴られるだけでは済まない不埒な台詞を必死に喉奥に押し込めて、城之内はいそいそと席につく。そして中途半端に放られたプリントに手を伸ばしながら、今度は真面目に取り組んで、早く帰ろうと密かに思った。口ではああ言っていても、海馬が実力行使に出た事など一度もないのだ。ちょっと強引に腕を引っ張ってやればすぐに諦める。今度はやっぱり口でして貰おう。あの制服のまま膝まづかせて。

 城之内は、これから数時間後にやってくるその瞬間を想像し口元に笑みを浮かべると、もう一度だけ後ろにいる海馬を振り返った。
 

 ストイックであればあるほど、相反する色気を感じさせる、その姿を。