○○フェチ

「オレ?うーん。そーやって改めて言われると悩むなー。お前はどうよ、遊戯」
「僕?僕はそうだなぁ。綺麗な足の形の子って好きだよ。細くって足首がきゅっと締まってる感じの」
「お、遊戯なかなかマニアだな。オレは断然胸だね。胸!巨乳最高!」
「本田の持ってるエロ本巨乳ばっかだよな」
「うるせぇ。お前この間貸した奴返してねぇだろ。とっとと持って来い!」
「あ、やべ。薮蛇だった。……しっかし……フェチねーそうだなー」
「ホモだとやっぱ特殊なんじゃねぇ?アレ好きとかだと引くんだけど。野郎のもん舐めるとか銜えるとか考えらんねぇな」
「アレって。アレ?!わっ、思いっきり海馬くん凝視しちゃった。ちょっと本田くん、朝から変なこと言わないでよ!」
「だってよーそういう事してるって事だろー?」
「お前等ホモとか言うな!オレは別に海馬のもん以外は興味ねぇ!」
「うるせぇ!ホモ!っつーか海馬のもんなら興味あんのかよ!」
「あーもー大声でやめてよー!ここ教室なんだよ!城之内くんさり気なくスゴイ事言わないで!」

 朝のHR開始15分前の教室で、今朝は早朝から降り続いた雨の所為で少し早めに家を出てきた遊戯を初めとする仲良しデュエリストグループは、常よりも大分早い時間に到着してしまった自席を囲んでどうでもいい話で暇つぶしをしていた。

 時間が時間故かまだ教室には人はまばらで、皆だるそうに机の上に付していたり、廊下ではしゃいでいたりして室内は閑散としている。それでも、朝から話題にするには余り相応しくない青少年らしい単語の乱舞にそれを始めに持ち出した遊戯は慌てて二人の言葉を遮った。

 そんな彼に城之内は「お前が聞いてきたくせに」と僅かに不満の意を表すと、何時の間にか教室の片隅に現れた、今日は珍しく始業から授業に出るつもりで登校して来たであろう恋人である海馬の姿を見つけて思わず凝視してしまう。

(好きなところかー。そうだなぁ……)

 今の騒ぎの発端となった、遊戯の「城之内くんは何フェチ?」の台詞が蘇る。

 海馬と付き合うまでは確かに健全な少年男子と同じく、女の子の胸だの顔だの二の腕だのに視線が集中したものだが、彼と恋人になってからは余り意識したことはなかった。何処が好き?と聞かれれば全部好きだと答えるしかないし、実際海馬はどこも完璧なのだ。

 まるでどこぞのモデルのような綺麗な顔だとか、細長く形のいい手足だとか、恐ろしいほど引き締まった腰だとか、女も顔負けの肌の白さやきめ細やかさとか、数え上げればキリがない。その中で何処が、と限定されてしまうと悩んでしまうのも無理はない。

「………………」

 至極真剣に少し遠くにあるその姿を凝視する。全体を眺めた後、パーツごとに時間をかけて吟味し、ついでに色々なことまで思い出して少し居心地の悪い気分になりつつ城之内は真面目に「海馬の身体で尤も好きなところ」を模索した。その間に背後の二人は既に話題を他に移していて、話的にはおいてけぼりを食らっているのだが、そんなことは城之内にはどうでも良かった。

 そんな時間を数分過ごし、見つめていた海馬が不意に自席から離れて窓際に向かって歩き出した、その時だった。思わず一人でぽんっ、と手を打ち、彼は徐に遊戯達の元から離れ、海馬のところに向かって歩いていく。

「あ、あったあった。オレの好きなとこ!」
「お前、まだフェチの話ひきずってたのかよ。のろけはお断りだからな」
「本田くん、この状態の城之内くんに何言っても無駄だよ。みてよあの顔」
「……うわぁ。なんだアレ。キモイな。って、何処いくんだ?」
「海馬くんのとこじゃないの?ほら、窓際に……って、えぇ?!」
「ちょ!何やってんだあいつ!」

 二人が去り行く城之内の背を眺めながら暢気にそんな会話をしていたその時だった。城之内につられて視線を送った窓際で、彼等はとんでもない光景を目にしてしまう。

「きっ……貴様ぁ!何をやっている!!」
「あはは。お前ほんと不意打ちに弱いよなー今すっげーいい声出たぞ」
「ふざけるな!!窓から放り投げてやる!!」
「別にいいだろー減るもんじゃないし。ほれほれ」
「そういう問題じゃないわ!!というか撫で回すな!気色悪い!!」

 顔を真っ赤にして窓際でがなり立てている海馬の前で至極楽しそうにへらへら笑う城之内の姿を見つめながら、二人は暫し言葉を失った。

 二人の言い争いが勃発する数秒前。気配を殺して海馬の背後に近づいた城之内は、窓辺に身を乗り出す形で外をみていた海馬の尻を、両手で思い切り触ったのだ。否、アレは触ると言うレベルではなく、殆ど掴みあげる形で。

「?!…ひゃうっ!」

 瞬間、海馬の口から飛び出た、普段からは想像できない甘ったるい叫び声に見ていた二人の顔は引きつった。同時に慌てて周囲を伺い、教室内で淫猥な行為をする不埒モノを観覧する生徒はいないかと警戒したものの、幸いな事に皆自分の話に夢中で窓際の惨事を見ているものは誰もいなかった。

「…………本田くん」
「…………遊戯」
「なんだろうね。あれ」
「なんだろうな」
「城之内くんって……お尻フェチ?」
「すっげー嬉しそうな顔して触ってんだからそうだろ?」
「海馬くんのお尻ってそんなに触りがいがあるのかな」
「ちょ、やめろよ。お前まで変なモンに染まらないでくれ!」
「でも興味あるよねー」

 ぽつりと呟かれたその声に、本田は物凄い勢いで首を横に振った。

「なあなあ。オレって尻フェチかも」
「朝から何をトチ狂った事を言っている?!」
「お前はオレの何処が好き?」
「貴様に好きな所など1ミリもないわ!」
「そんな遠慮しないでーオレの尻も触っていいよ」
「日本語を理解しろ!!誰が触るか!!やめろこの馬鹿犬!!」

 ぎゃーぎゃー騒ぎながら窓辺で乳繰り合うバカップル一組を実に冷ややかな目で見つめながら本田は、深い深い溜息を吐いて頭を抱えた。

 冗談じゃねぇ。オレは絶対ああはならねぇ。そんな力一杯の台詞と共に。