猛暑の過ごし方

 つ、と生温い水滴が肌の上を流れていく。呼吸の度に上下し酷く発熱しているそれは、その熱さとは裏腹に寒さに耐えているかの様に鳥肌状になり、微かに震えていた。

 室温は36度。ほぼ人間の体温と同じ暑さだ。その暑さの中、日干しだけはマメに行い、太陽の匂いが染みついている薄布団の上で、城之内と海馬はその暑さに耐え忍んでいた。

 否、楽しんでさえいた。片方だけは。

「……っあ!……ひっ、き、さま、もう……いい加減に……つ、追加するな!!」
「オヤジがさーコレだけはマメに作っとけって言うから、腐る程あるんだわ。気持ちいい?」
「ひゃっ!……き、気持ちよくなどあるか!っ逆に痛いわ!」
「でも涼しいだろ?」
「涼しくない!」
「そっかぁ?オレ寝苦しい時コレ水枕にいれて足元に置いたりして寝るんだぜ。すんげー涼しいぞ?」
「そ、それは、水枕に入れているからだろうがッ!直接やる奴がどこにいるのだ!っん!やめろと言っている!」
「お前があんまり暑い暑い言うからだろー。ま、実際暑いけど。すぐ溶けるしな。シーツびしょびしょー」
「後始末が大変だろうが、今すぐやめろ!」
「お前がするんじゃねぇんだからいいじゃん。ったくうるさいなー」

 言いながら、城之内の手が布団横においてある銀製のボールに消えていく。ガシャ、という妙な音がして軽く握られた状態で戻ってきたその手の中にあるものは……ブロック状の氷だった。

 彼は布団の上に仰向けに押し倒した海馬の上に馬乗りになり、全てのボタンを外して殆ど肌蹴させたシャツの下から除く、夏なのに少しも日焼けしない肌の上に先程から熱心に握ったそれを滑らせて、体温で水へと変わっていくその様や、その時に上がる色よい悲鳴に夢中になった。
 

『暑い!こんな場所に居られるか!』
『……この場所に普通に住んでる人間の前でいう事かそれは。むかつくー』
『煩い。暑いのを暑いと言って何が悪い』
『……じゃあ、涼しくしてやろうか』
『空調設備もない部屋でどう涼しくすると言うのだ。貴様は阿呆か』
『なんでも機械に頼るのは良くないぜ海馬。ま、ちょっと待ってろよ』
『………………?』
『ジャーン。これなーんだ』
『なんだとは。氷だろうが。それがどうした。幾ら氷を入れた飲み物を飲もうと暑さなど改善されないぞ』
『氷はね。飲み物に入れるだけじゃないでしょ。例えばこーやって……』
『──── ひっ!!何をする貴様!!!せ、背中に入れる奴がいるか!!』
『直接触って、冷やす事だって出来るんだぜ。いーっぱいあるから。涼しくなろうか?』
『ちょ、やめろ馬鹿!!上に乗るな!!』
『涼しくなろうねー海馬くん♪』
『やっ、あっ……つめたっ……んっ、…ぐっ!』
 

 ガリ、という音と共に不意打ちで塞がれた口に転がり込んできた氷を奥歯で噛み砕く。氷の破片は僅かな唾液と共に混ざり合い、喉奥へと流れ込んだ。その妙な感触に惑う間もなく、先端だけが冷たい、それ自体は熱い城之内の舌が乾いた口内を嘗め回す。

 同時に感じる肌を刺すような冷た過ぎる氷の温度に一気に海馬の背に怖気が走った。見る間に溶けて行く氷が、水となって下へと流れていく。冷たかったその場所が、今度は逆に熱くなった。

 その感触に、海馬から思わず鼻にかかった声が上がる。その声に、城之内はにやりと笑った。笑って、空になった掌に、新たな氷を追加した。

 元はといえば、海馬の些細な愚痴にカチンと来て、「おしおきしてやる」という至極下らない気持ちからから始まったその行為は、海馬の反応のよさから立派なプレイへと昇格し、ついにはやる気満々のセックスの一環となってしまった。

 既に半裸になった城之内は、未だ下半身だけは少しの乱れも無い海馬のズボンに手をかけ、抵抗をもろともせずにさっさと剥いてしまう。上に乗った身体をどかそうと暴れる足をとどめる為に、氷の欠片を一つ下腹部に滑らせる。その冷たさに、海馬の体が一瞬強張る。

「!!……き、さま……ふざけるなよ!!」
「あはは。お前臍弱いもんなーなんかこんなに冷たくしてやってるのに全然涼しそうじゃないですねー」
「あ、当たり前だ!!余計暑いわ!!」
「あ、そーか。中が暑い?」
「は?!」
「氷、入れてみよっか?そこにオレのもいれたらなんか気持ちよさそー」
「?!ちょ、貴様何を碌でもない事を考えている!これ以上何か妙な真似をしたら蹴り飛ばすぞ!!」
「大丈夫大丈夫。後ろだけじゃなんだから前もしてみる?」
「だから何をだ!!」
「ん?こーゆー事」

 そう言うが早いが、城之内のはまたボールに手を突っ込み氷を二つ摘み取ると、何を思ったか自分の口に放り込み、にこりと笑った。ころころと音を立てて口内の氷を転がし、その所為で少し膨らんだその頬を海馬が意味が分からず眺めていると、城之内は徐に身を屈め、どういう早業か上に乗っていた筈の身体を避けて海馬の足の間に移動すると、それまでの悪戯ですっかり立ち上がった彼自身を掴んで、そこに顔を近づけた。そして、徐にそれを口に含んだのだ。

 勿論、その口の中には氷が二つ、入っていて……。

「── くっ!!んあぁっ!!ば、馬鹿っ!やめっ……!」

 口内に包まれる独特の感触に加えて針にでも刺されたかのような強烈な冷たさに、海馬の口から思わず鋭い悲鳴が上がる。ここは城之内の安アパートで、クーラーも無い部屋だから窓は勿論全開で、普段なら注意をしてなるべく声を出さないように努めるはずがそんな事に頭が回るはずもなかった。

 ジュル、とやけに淫猥な音がして、城之内が海馬を含んだまま零れ落ちそうになる水を啜る。そうして氷が溶けて大量の水分となっているだろう口内を上手く調整しつつ、常と同じように丁寧に、且つしつこい動作で既に冷たくは無くなったそれを舐めしゃぶった。

「やっ……はっ……く、…んんっ!!」

 一瞬冷たさに萎えたそれは、直ぐに勢いを取り戻し、倍の熱さと質量を持って城之内の喉奥を塞ぐ。先端が収縮し、多分後少しのところでイくだろう、という段階で、城之内は不意に動きを止めると指先で根元を掴んで、顔を上げた。ゆっくりと離れた唇には半透明の白濁液が僅かに付着し、その様が妙にいやらしい。

「っ……な、に……っ?」
「お前だけ先にとかズルイ事させねー。オレも一緒に、な?」
「ぅく……な、ならば、さ、さっさと挿れればっ……いい、だろうがっ!」
「うん、勿論そうするけどー。さっき言ったじゃん。気持ちよさそーって」
「……ま、まさか……」
「当然。オレが口にしてやらなかった事、ないだろ?」
「そ、それはやめろ城之内!絶対に嫌だぞ!!」
「お前が嫌って言うとやりたくなるのも知ってる癖に。だぁいじょうぶだって。ちょっと冷たいだけだから。お腹壊したら面倒みてやっからよ」
「ふ、ふざけるな!!!普通にしろ!普通に!!」
「えーっと残りの氷は……あ、結構残ってた。大分溶けて小さくなってるからイケるだろ」
「嫌だと言っている!」
「嫌じゃないの。暑い暑いって文句を言うから悪いんだろ。自業自得!」

 オレ、結構ムカついたんだぜ。そう言いながら、城之内の手が件のボールの中に吸い込まれていく。ちゃぷ、と小さな水音と共に掴みだされた氷の欠片。小さくなったと言っても10円では買えない大きさの飴玉位の形を保っているそれは十分に大きくて。そして、当然冷たかった。

「── ひっ!!……あっ!……ちょ、っと、待て!!…ほ、本気で冷たいし痛い!!」
「そりゃー氷だから……あ、でも二個目簡単に入ったぞ?も一個行ってみる?」
「ぅああっ!……い……っ!」
「あ、きゅっ、ってなった。中で擦れた?」
「っ知るかそんな事!聞くな!!」
「あ、そ。じゃ、溶けない内に入れる。力抜いて?」
「……ぬ、抜けるか!この状態で!!」
「抜いてくれないと、舐めるけど」
「舐めるな!!」
「舐めて欲しいんですね。分かりました」
「……や!……馬鹿ッ!ほ、んとに、やめろ!!」
「お前の中凄く熱いのな。もう溶けてきてる、ほら」
「ひぁっ……あ!……ぁっ!」

 中の異物を押し出さないようにと必死に堪える海馬の奥を、温かな舌が這う。隙間から僅かに漏れでた、元は氷だろう生暖かい水をまるで動物がやるような仕草で舌で掬い、その度に大げさとも言える反応を示す様を存分に楽しんだ。

 何時の間にか柔らかく解れて来た事を見て取って、添えていただけの指を一本深くまで差し込む。指先に当たる冷たい塊の感触に、まだ間に合う事を知った城之内は、慣らすのもそこそこに直ぐに自身を宛がった。くちゅ、と水と滑る先走りが混じった音が二人の耳に大きく聞こえた気がした。

「な、氷、まだある?」
「………………」
「入れるから、力抜けよ?」
「……っぐ、……あっ……あァ!」

 最初だけ慎重に、しかしその先端が収まってしまうと後は一気に、城之内は海馬の中に自身をねじ込んだ。瞬間細い身体は勢いよく撓り、仰け反った喉奥から悲鳴が上がる。何時の間にか城之内を掴んでいた指先は、縋る様に強く褐色の肌に食い込んだ。体が密着し、骨同士がぶつかる音がする。

 内部に入り込んだ城之内の雄は、根元の熱さと先端に感じる刺すような冷たさに、何とも言えぬ快感を感じた。癖になりそうだと、そう思った。

「うわッ、あっつ!つか、つめた!なんだこれすげー!超気持ちいいんだけど!」
「んあっ!……な、何が気持ちいいだっ……死ねっ……あっ!」
「っん……あ、れ?……お前は、良く、ない?」
「いい訳あるか馬鹿がッ!!……お、くに、行き過ぎて……いっ!」
「殆ど、溶けてるから……大丈夫、だって!じゃ、さくさく、行きますか!」
「ふざけるなッ!」
「はい、しっかりつかまっててねー。あ、キスする?」
「誰がする……っ、んっ!……ふ、んぅっ!……あ!」
「これ終わったら、残った氷で、カキ氷でも、たべよっか?」
「!!…………」

 カルピスかけでもして?……そんな軽口を叩く目の前の顔を睨む余裕すらなく、海馬は直ぐに激しく動く城之内の動きに翻弄された。溶けた氷や汗で既に濡れそぼったシーツに背を擦り付けて、上から叩きつけるように腰を押し付けられる度に声が上がる。室内の熱気と互いの身体から発せられる熱が相まって全身が燃える様に熱い。この暑いのに何をやっているのだろう。何処が涼しくだ。死ね、死んでしまえ、この変態が!

 セックスの最中に出る言葉としては到底ありえない罵詈雑言を心中で吐き出しながら、海馬は必死に城之内にしがみついた。既に暑さも苦痛も何もない、あるのはただ、与えられる快感のみ。

「かいっ……ばっ…!」
「……うっ……あっ……あああっ!」

 最後の最後。喉奥から搾り出されるような城之内のその声を合図に、二人は同時に熱を吐き出した。熱い体液が、中に、そして外にどろりとした質感を持って勢い良く飛び散る。
 

「……あー。気持ちよかった……っ!!いてっ!!」
 

 ぐったりと己に身を倒し、至極満足げな笑みを浮かべてそう呟いたその顔に、海馬は探るように手を伸ばした先にあった、既に水しか入っていないボールを思い切り叩き付けた。
 

 
 

「なんだよー。そんなに怒るなよー」
「怒るわ!!ちっとも涼しくなどならなかったではないか!!」
「いい汗かいたじゃん」
「どこがいい汗だ!!べたべたして気持ち悪い!!最悪だ!」
「風呂入ればいーじゃん。あ、そうだ!水風呂にする?それいーかも!」
「貴様が一人で入れ!」
「そんな事言わないで。一緒にはいろ。氷は入れないから」
「嫌だ」
「あ、お前ってほんと学習能力ないよなー嫌だっていうとー」
「うわっ!やめろ馬鹿!持ちあげるな!!」
「やりたくなるんだよねー。さ、いこういこう」
「死ね凡骨!!」
 

 ── 暑い夏は、冷たい氷で、暑さをしのぎましょう。