Act4 保健室のススメ

 ── おかえり♪お風呂にする?ご飯にする?それとも、オレにする?
 

「ってやってみたいよなー一回」
「……えーっと。『オレにする?』って聞くの。城之内くんの方なの?」
「へっ?そうだけど」
「それ、逆じゃないの。普通は海馬くんが城之内くんに向かって言う台詞でしょ」
「なんで?だっていっつも帰ってくるの海馬の方が遅いし」
「だってさ、『オレにする?』って聞くって事は『オレを食べる?』って事でしょ?」
「別にいーんじゃね?どうせオレのアレ食べるし」
「ちょ……!やめてよ!!ここ教室だから!!朝から下ネタ!!まだシてない癖にっ!」
「あーそういう事言うなよ。結構凹んでるんだからよ」
「タイミング悪い時って重なるよね。今日も海馬くん遅いの?」
「うーん。あいつの話だと帰ってこれるかどうかも分かんねぇって。昨日も帰ってこなかったし」
「……何時出来るんだろうね、初エッチ」
「うん。折角買ったのに。イチゴ味」
「……いきなり最初っから舐めてもらおうとか、そういうのは引くと思うけど。城之内くん、見るDVD選んだほうがいいよ」
「そっかなーじゃあ普通の貸して貰うー。おーい本田ァ!」
「うるせぇ!そういう時ばっかりオレの名前呼ぶんじゃねぇ!!」

 城之内くんと海馬くんが初夜について真剣に話し合ってた日から一週間。目の前の城之内くんから大きな大きな溜息が零れ落ちる。聞くところによると、あの後勢いづいてさぁやろう!って時に海馬くんの方に緊急の仕事が入っちゃって、結局悲願達成には至らなかったんだって。仕方ないからやっぱり大安の日に……なーんて仕切りなおしをしたらその日も駄目で、流れに流れて今日まで来ちゃったみたい。

 うーん、気の毒といったら気の毒かもしれないけど、今まで何ヶ月も一緒にいて何もしなかったんだから、別に今更じゃないの?大体、君達キスはしたの?もしかして、ソレさえもしてないんじゃないの?そんないやーな不安を抱えつつ、僕は本当に遅まきながらこそっと確認してみた。そうしたら……。

「キス?あーそういえばした事ないかも。うん、ない」
「キスもないの?!」
「だって、キスしちゃえば後はヤるっきゃないだろ?」
「……どうして君はそんな極端なものの考え方をするの?別にキスしたからってそのまま絶対エッチしなきゃなんないなんて事ないよ……」
「だってさー」
「じゃあ、ほんっとうに、君達って何もしてないんだね」
「風呂は一緒に入るけどな」
「ちょっ……お風呂に一緒に入っててなんで何もしないのさ!だって裸だよ?素肌触るんだよ?そこからどうして発展しないの!」
「えー。風呂でするってなんかアレじゃん」
「だからそういう変な拘りは捨てちゃえって言ってるのっ!」

 もうっ!城之内くん、エッチに変な夢見すぎだよ!君は何時の時代の人なのさ!普通は一緒にいるだけでもそういう気分になるものなのに、お風呂とかに入ってそうならないってオカシイから!キスもまだだし、幼稚園児より遅れてるじゃない!何それっ!

 そう僕が全くの他人事で憤慨していると、既にその話題にちょっと飽きてしまったらしい城之内くんは、きゅっと眉を寄せて机に身体を突っ伏した。元々余り元気が無かった感じだったから、そうしてると余計にしおたれて見える。何だかんだ言って、城之内くんも普通のオトコノコだから頭ではそう考えなくても、身体は正直なんだよね。そろそろ限界って感じ?

「あー。切ねぇ……海馬ぁ」
「城之内くんって、ホント犬みたいで可愛いね」
「なんだよーお前までオレのこと犬っていうのかよ」
「だって、今絶対尻尾垂れてるもん。更に言えば発情期」
「発情期言うな」
「急に目覚めたって事は、そういう事でしょ」
「うー……そうなのかなー」
「今だってもし海馬くんが来たら尻尾振って飛びつくよ。絶対」
「そんなことな……あ!」
「えっ?!」

 僕が言葉通り、城之内くんって可愛いなぁと思いつつ、軽口を叩いてからかっていたその時だった。ガラッ、と遠くで聞こえたスライド式の扉が開く音に、机の上でぐったりとしょぼくれていた城之内の表情がガラリと変わって。何?!って僕がそっちを振り向くより早く、目の前にいたはずの身体はパタパタとゴム底特有の音を立てながら、一目散に僕の視界を遮っていく。そして。

「海馬!」
 

 ……本当に、遅れて登校してきた海馬くんに、飛びついた。
 何度も言う様ですけど、ここは教室です。ほかに生徒も居ます。その中で……

 本当に「ガバッ!」って感じで抱き締めるのは、どうかと思う。
 

「なんだ凡骨!いきなり飛びついてくるなッ!離さんかッ!」
「学校来るなら来るって言えよ!ついでに帰って来ないなら来ないとも言えっ!寂しいだろうが!」
「れ、連絡する暇がなかったんだ。…というか痛い!力を抜けっ!」
「お前、なんかびみょーに痩せてねぇ?ここんとこメシ抜いてただろ」
「そんなことはない!」
「へーえ。ま、いいけどー今夜確かめてやっから。今日は帰ってくんだろ?来ないんならオレが会社に泊まりにいくぜ」
「鬱陶しい事を言うな。予定は未定だ!」
「あー。そういう事言うとこのまま離さないけど」
「ふざけるなこの馬鹿犬がッ!!」

 ……だからここは教……もういいよ。

 部屋の片隅で、どこからどうみても熱烈に抱き合ってるとしか思えない男子二人に、既に順応レベルMAXのクラスメイト達は視線を反らしてすぐ様自分達の行動に集中した。でも、会話はきちっと聞こえてるわけで、極一部の人達は耳元をちょっと赤くしてる。……うん、聞き様によってはすんごいエッチな会話だけど、この二人、まだ清いから。確かめるって言ったって、どーせお風呂で裸見るだけだから。そこに色気はないと思うよ。残念だけど。

 僕はその場ではぁっ、と呆れた溜息を吐くと、もう後ろの二人を見ないフリをしてさっさと自席へと帰ってしまう。前の扉から先生が入ってきてるから、そろそろこの騒ぎも収まるよね。

「こら城之内!海馬!貴様等教室でイチャつくんじゃないっ!とっとと席に着けッ!」

 ほら、怒られた。でも先生。男二人に向かって、イチャつくはないんじゃないの?実際イチャついてはいるんだけど。

 そこから、僕はもう徹底スルーしたから二人がどうなったのかは知らないけれど、多分放課後まで一緒にいたんだと思う。

 『家でチャンスがないなら学校の保健室って手もあるよ』

 そんな事を城之内くんにアドバイスしてあげようと思ったけれど、気分じゃないからやめてしまった。

 本当に、疲れる一日だった。