Act5 仲良し健康家族

 僕はその日、絶対にありえないモノを自分の家で見てしまった。その様はまるでホラーだ。今はセミが煩い位に鳴きまくる真夏で、口を開けば怪談話や肝だめしの計画を練るようなそんな季節なのは分かるんだけど。これはないと思う。

 うん。絶対に、ない。

 え?お化けでも見たのかって?お化けだったら別に驚いたりしないよ。僕はお化け平気だし。どっちかっていうともう一人の僕の方が心霊系には弱いもん。この間遊園地に行ったらさ、「相棒〜〜!目が一つしかないぜ!!おかしいぜ!!」ってお化け屋敷で大騒ぎするんだよ。自分の身体は透けてるクセに可愛いよね。って、そうじゃなくって!!

 何時もの通り、学校から家に帰ったら、玄関に海馬くんが立っていた。外側じゃなくって、板の間になっている内側に。足拭きマットの上にまさに仁王立ちって感じで立ち塞がって。……ここまでなら今までも何度もあった事だし(海馬くんは何故かうちでは家族扱いされてるから。僕が居なくても勝手に居座ってる。母さんが海馬くんの事、大好きなんだよね)そんなに驚かないんだけど。僕がひっくり返るほど驚いたのは、そこじゃない。

 その、海馬くんの格好だ。

 頭は三角巾とそれにプラスして長い前髪が邪魔にならないように可愛らしい赤いピンで抑えてあって(それ誰のピン?!なんか杏子の家で見た事あるんだけど!)、格好はいつものコートの下に着てる黒いハイネックとズボン……なんだけどその上に僕が母の日に母さんにプレゼントした淡いピンクのフリフリエプロンを着ていた。そして手には見慣れたオタマ。足にはスリッパ。
 

 ……何事なの一体?!なにそれ?何プレイ?!
 

「お帰り遊戯」
「ちょ……えぇ?!僕、家間違えた?!だってここ亀のゲーム屋だよね?!」
「当たり前だ。貴様は自分の家すらも記憶出来ない程の間抜けになったか」
「だっ、だって!!なんで海馬くんがここにいるの?!しかも……母さんのエプロン着ちゃって!!オタマ持って!!人の家で何やってんのさ!!」
「何をって……花嫁修業だ」
「はぁっ?!花嫁修業っ?!今更?!っていうか僕の家で?!」
「あぁ。貴様の母親が教えてくれるというのでな」
「!!何時の間にそんな話にッ!」
「ちょっと何よもう玄関先で煩いわねぇ。あら、遊戯お帰りなさい。帰って早々何を騒いでいるの」
「母さん!!どういう事か説明してよ!なんで海馬くんがフリフリエプロンでオタマ持ってにっこり笑って僕を出迎えてるのッ!!」
「海馬くんって凄いのよー教えた事いっぺんで憶えちゃって。母さん負けちゃうわー。これはいいお嫁さんになるわね。太鼓判押しちゃう!」
「ふぅん。当然だな。だが、教え方が上手いという事もある」
「あら、そう?!」
「人の話を聞いてッ!!海馬くん男だから!お嫁さん無理だから!っていうかアイコンタクトやめて二人とも!」

 今度は僕の母さんを巻き込んじゃってるよこの二人!何やってんの?!

 城之内くんと海馬くんが結婚してから三ヶ月。何だかんだと騒ぎながら、上手くやってるみたいだったけど……結婚して(書類上にも形式上にもまだ何も変動はないんだけど。17歳だし)一緒に暮らして、既にそれだけの時が経ったのに、今更花嫁修業とか順番がおかしくない?!それよりまず先に夫婦のイトナミが必要でしょうよ!オタマ握る前にさ!他に握るものがあるでしょ?!

 余りに余りな事態に僕が唖然として靴も脱がないまま玄関先に立ち尽くしていると、おなべが心配だと台所に取って返した母さんのお陰で、その場には僕と海馬くんの二人きりになった。海馬くんは相変わらず不敵な笑顔を浮かべながら僕の事をじっと見てる。……こ、怖いんだけど。

「貴様、何をしている。さっさと中に入らんか」
「だ、だって!海馬くんがそこに立ってたら入れないよー。今日は城之内くんはどうしたの?明日終業式なのに学校でも姿見えなかったけど」
「凡骨は一週間出稼ぎだ」
「あー夏休みだからね……だからその時間を使って僕のとこに来たんだね。会社はどうしたの」
「今のところ然程忙しくはない」
「そう。とにかく、ちょっとそこどいて」

 何だかんだ言って一人にされるのは寂しいんだ?結構海馬くんも可愛いとこあるよね。表面上は全然そうは見えないけど。僕は大きな溜息を吐くと大分履き潰してよれよれになったスニーカーを脱ぎ散らかして中に入る。とにかく部屋に入って着替えよう。そう思って、海馬くんの脇を通り過ぎて二階に行こうとしたその時だった。

 それまで仁王立ちで僕を見つめていた海馬くんが、僕が玄関から階段へと移動したと同時にすっと身を屈めて、玄関タイルの上に不恰好に放り投げられた靴を拾ってきちんと揃えて隅に置いた。……奥様過ぎる!しかも完璧な!

 でも、それって城之内くんに必要なこと?!……なんか奥さんっていうよりも、お母さんなんだけど!

「遊戯」
「は、はい」
「夕飯は出来てるぞ。風呂にする?どちらにする?」
「ぼ、僕にその台詞言っちゃ駄目なんじゃ。それに肝心なのが入ってないよ『それとも、オレにする?』は?」
「……オレにする??」
「えーだからー『オレを食べないか』って意味だよー」
「ふむ。貴様の母親は『食後のデザートに特別スイーツはどう?』が効果的だと言っていたが?それも合わせてどういう意味なのだ?」
「ちょ、母さん!!海馬くんに何教えてるの!」
「それで旦那を落としたそうだが」
「そんな二人のなれそめ聞きたくないよ!!ああもう!花嫁修行はいいから、変な知識だけは吸収しないでね!っていうかそれより先にヤってよ早く!まだしてないんでしょ?じれったいなぁもう!」
「ああ、その事だが、さっき……」
「遊戯ー!海馬くん!ご飯だから早く来なさい!おじーちゃん呼んで来てね!」
「選択権ないんじゃん!」
「まぁいい。用意があるから先に行くぞ。早く来い」
「あ、僕、らっきょう嫌いだからカレーに添えないでね?」
「了解した」

 僕の言葉に素直に頷いてくるりと後ろを向いて台所に向かう海馬くんの背中で綺麗に結ばれたエプロン紐のリボン結びが可愛く揺れてる。……どうしよう、5分で見慣れちゃったあの姿。僕は海馬くんの事、そういう意味で好きじゃないから、見てもなんとも思わないけど、これが好きな子だったらきっとグッと来るんだろうなぁ。城之内くんあたりの好みから言って、エプロンの下は裸がいいんだろうけどね。ホント、相変わらずマニアックなんだから。

 ……けどさぁ、母さん、海馬くんにお嫁さんのイロハ教えすぎ!っていうか完璧にお嫁さん扱いってどうなの?!この調子で行くと全部教えるよ。きっと全部ッ!!それを海馬くんは余さず僕に報告するから(海馬くんは意外とマメなんだよね。だからぜーんぶ筒抜けなんだけど……)僕は知りたくない両親のあんな事やこんな事まで知るハメになったりして……あああそんなのイヤだよー!!どうしようもう一人の僕!?


『相棒の母さんは人にモノを教えるの大好きだもんな!海馬も城之内くんも幸せ者だぜ☆』

 ……GBAやりながら適当に答えてるし。完璧に他人事だよ。頭にくるなァ。明日の肝試し、途中で君に変わるからね!

 

 

 そんなこんなで夕食後。

「今まで食べたカレーの中で一番美味かった。海馬くんは完璧な嫁じゃな!城之内くんが羨ましいぞぃ。後はもう少し色気が欲しいところじゃが……」
「色気……」
「そぉねぇ。お風呂上りにパジャマを上下で分けるとかどうかしら?」
「おぉ!素足はいいな、素足は!」
「……ちょ、二人ともやめてよ!!海馬くんもメモ取らないで!」
「んもう、遊戯ったらうるさいわね。文句を言うならあんたがちゃんと海馬くんに教えてあげなさい。資料一杯持ってるでしょ!」
「資料って何?!そんなもの持ってな……うわあああああ!!なんで持ってんの?!」
「ベッドの下を掃除したら沢山出てきたわよ。はい、海馬くん。分からないところは遊戯に説明して貰ってね」
「……『魔女のヒミツの宅急便』『遊戯王夜のデュエル☆スタンバイ』『濡れて神田川』……ジャンルがよく分からないが??」
「わからなくていいから!!返して!!」
「今日は鑑賞会か〜いいのぉ〜ワシも混ざりたいのぅ〜」
「ああもう何なのこの家っ!!」

 何よりもやる気満々の家族にすっかり打ちのめされて、僕は僕の秘蔵のDVDや本を大量に胸に抱えた海馬くんと二人、部屋に帰ってベッドに腰掛けながら、海馬くんにめちゃくちゃせがまれて(変な意味じゃないからね!)結局それらのアレな映像やら雑誌やらを全部見せた。

 海馬くんはすっごく真剣にそれを見てて(でもちっとも興奮した様子はなかった)時折僕に真面目に質問をしてきたりして、かなり頑張って『勉強』をしてた。……でもさぁ、君達の場合必要なのは知識じゃなくって……なんかもうどうでもいいや。

 

 それから一週間、海馬くんは僕の母さんの元、立派に花嫁修行(?)をこなし、太鼓判を押されて城之内くんが待つ新居へと帰っていった。……蛇足だけど、その一週間、海馬くんは僕のベッドで一緒に寝たんだけど(なんで客間で寝ないのかが凄く疑問なんだけど!)……それっていいの?いいものなの?城之内くんには内緒にしておこう。

 僕はその夜、今頃海馬くんは『食後のデザートに特別スイーツはどうだ?』とか、『お風呂上りにパジャマを上下に分けて着る』とか実行しちゃうのかな、とか考えて、眠れなかった。

 したとしても、きっとエッチまではいかないんだろうけどね。