Act2 一緒に買出しに出かけよう

「瀬人、これはどうだ?」
「却下」
「ではこれだ」
「それも却下だ」
「あ、これはいいぞ。美味そうだ」
「それは犬猫の餌だ、良く見てから言え!貴様は黙って手を出すな!」
「そんなに怒る事は無いだろうが」
「物の名前も分からん癖によくもまぁ料理するなどと言えたものだな。呆れ返って何も言えんわ」
「だからお前に頼んでいるのだろうが。そう文句を言うな」
「言うに決まってる。大体何故オレがこんな所に来なければならないのだ」

 賑やかに流れる店内放送。狭いスペースをカートや籠を片手に行き交う人々。遠くで聞こえるタイムサービスだのなんだのと叫ぶ景気のいい声。どうにも見慣れない光景だ。そう思い、瀬人はカモフラージュの為に元より深く被っていた帽子を更に下に押し下げた。普段は余り着る事のない半袖のシャツでは、利き過ぎた冷房の所為で寒さを感じる。

 少しだけ身震いをし、カートを押す手に力を込めた瀬人の横で、この時間を最大限に楽しんでいるらしい男は、一緒について来たモクバと二人で、この買い物には全く用のない菓子コーナーで立ち止まり、なにやら楽しそうに物色していた。ちなみに彼が今手にしているのは、菓子の棚と反対側にあるペット用のドライフードの袋だ。

 即座にそれを取り上げてさっさと元に場所に戻す瀬人の足元に、何時の間にかモクバが寄り添って来て、手にした箱を掲げながら、意図的に『可愛く』小首を傾げる。

「兄サマ、カプモンガム買っていい?」
「好きにしろ」
「やったぁ!じゃあM&Wチョコも買おう。この間クリボーが当たったんだぜぃ」
「そんなものは速攻捨ててしまえ!」
「そんなに毛嫌いする事ないじゃん。すっごく可愛いんだよ、ホラ。ね、カイも可愛いと思うだろ?」
「ほう、良く出来ているな。オレのはないのか」
「あるんじゃないかなーレア扱いじゃない?」
「よし、沢山買えモクバ。そしてオレを当てろ。瀬人の携帯につけてやる」
「いらん!モクバ、こいつの言う事は一切聞くな。一箱だけにしろ」
「ちぇ、はーい」

 コロン、と軽い音がして、モクバの手からチョコレートとガムの箱が二つカートへと転がり落ちる。それを珍し気に取り上げて、男は懸命に箱を振って中にあるそれがメインともいえる付録のストラップの正体を探り当てようとした。が、当然頑丈に密封されている箱の中身など分かる筈もなく、すぐに諦めてしまう。

 その様子を横目で見ていた瀬人は、これ以上長居をすると手にしたカートの中が無駄なもので溢れ返る事を懸念して、さっさと先に一人で歩き出す。その後を慌ててついて行きながら、モクバは「こうしているとなんだか家族で買い物にきてるみたいだぜぃ」とにこにこしながら思っていた。実際『家族』でそうしているのだから、それは『みたい』ではないのだが。

 ここは、自邸から然程遠くない場所にある大型量販店。結局モクバの要望に応える事となってしまった瀬人は、その材料を買い揃える為にこんな場所まで引きずって来られたのだ。そんなもの、家に腐るほどあるだろう!と主張したのだが、「材料を一から揃えるのも楽しい」というモクバの声に押されて、しぶしぶ首を縦に振ったのだ。

 ちなみに、ここはKCの傘下ではないのでライバル企業に散財する事となる。それも微妙に気に入らなかったが、さすがに自社でシチューの材料を買う気にはなれなかった。

 そんな彼の不機嫌をもろともせず、終始ご機嫌でその手を引いていたモクバは、この瞬間こそまさに最高の誕生日プレゼントだと思っていた。海馬邸に来てからというもの瀬人とこんな時間を過ごす事など当然皆無だったからだ。

 他人が羨むような贅沢な暮らしをしていても、子供にとってはそんなものよりこうした何気ない日常の方がずっとずっと大切なものなのだ。瀬人に取っては不可抗力で降って沸いた災難としか感じていないようだが、それを齎してくれた男にモクバは密かに感謝していた。

 パタパタと靴音を響かせて、少し瀬人と距離を空けて歩いている男の夏用コートの裾に縋りついて、ぐいと引く。暑いから、と少し高めの場所で結い上げた髪がさらりと揺れる。

「なんだモクバ。どうかしたか?瀬人にねだるなら今のうちだぞ」
「なんでもないぜぃ。えーっと、これで材料全部かな?」
「オレの記憶では、確かブロッコリーも入っていたと思うが」
「肉は鳥肉だよ兄サマ。あっちにあった」
「そうか、それで終わりだな。オレが取ってくる。二人はここで待っていろ」
「はーい」
「別に一緒に行けばいいだろうが」
「こんなものを押してあの場所に行けるか。面倒臭い」

 時間帯が時間帯故に生鮮食品売り場は夕食の買い物をする主に主婦でごった返していた。その異様な雰囲気と空気に一瞬大いに腰が引けた瀬人だったが、既に何もかもを諦めきった彼は小さな溜息を一つ吐いただけで、その中へと足早に紛れ込んでいく。

 そんな彼の姿を言付けを守ってその場で待っていた二人はこっそりと、モクバは菓子棚から追加を幾つかと、男は気になってしょうがなかった猫用の缶詰をカートの中に追加した。念の為に上からは気付きにくい奥の方へと押し込んで、彼等は顔を見合わせて笑い合った。完全に共同戦線である。

「ここは初めて来たが、なかなか面白い所だな」
「まぁね。精霊界にはないだろ?スーパー。っていうか、オレ凄い気になってたんだけど、お前達って普通、ご飯食べるの?」
「別に食べなくても問題はないが……オレは食べるぞ。特に人間界の食事は美味いからな」
「お前は食べ過ぎ!この間兄サマの食事まで盗んでただろ」
「瀬人が残していたからな。食べてやったんだ」
「もー別にいいけどさぁ。そんな事してると太るぜぃ」
「大丈夫だ。精霊は太らない」
「分かんないだろ。ご飯食べる奴いないんだから。兄サマと同じ顔で太った姿なんて見たくないんだけど」
「その時はその時だ。しかし、瀬人は少し痩せ過ぎだ。アレはもう少し肉がついた方がいい。そう思わないか?」
「兄サマはお前と違ってご飯が好きじゃないからねー。何食べても一緒なんだって」
「それは気の毒だな。では瀬人が食べたくなるようなシチューを作ってやろう」
「シチューがどういうものかも知らない癖によく言うぜぃ」
「問題ない。任せろ」
「……その自信はどっから出て来るんだよ。どーでもいいけどお前、その猫缶、食べるの?」
「食べてみたいだろう?」
「一人でどうぞ。あ、兄サマ帰って来た。お帰りー!」

 二人がまったりとそんな話をしていると、何時の間にか最大限に顔を顰めた瀬人が、片手に目的の肉を持って漸くカートの元まで戻ってきた。口がへの字に曲がっている事から、よほど不愉快な目にあったに違いない。そんな彼の心情を察しつつも特に労わる気もない二人はカートに紛れた不用品に気付かれる前に、気をきかせたフリをして、さっさとレジの方へと歩き出した。その後ろを重過ぎる足取りで歩きながら、瀬人はぶつぶつと「もう絶対にこんな場所へは来ない」と低い声で言い放った。が、それも敢え無くスルーされた。

「これでシチューが作れるね!楽しみだぜぃ!オレも手伝うよ!」
「お前のプレゼントなのにか?」
「うん。楽しそうだから」
「そうか。ならば共に頑張ろう」
「おう!」

 会計を瀬人に任せ、至極楽しそうにレジの向こう側でそう言い合う二人だったが、その直ぐ後ろでは瀬人がこめかみをひく付かせて長く伸びたレシートを握り締めていた。

「……おい、お前達。なんだこれは。何故、カートに猫缶や菓子が入っている?!」

 ヒステリックにそう叫ぶ声にも、二人は笑顔を崩さないまま、さっさとカートを瀬人の手から奪い、店の外へと逃げ出した。

 ちなみにオマケのストラップはブラックマジシャンガールだった事を明記しておく。