Act4 火傷したかも

「瀬人、なんだか指先がヒリヒリするんだが」
「貴様、先程鍋を素手で触っていなかったか?」
「触っていた。熱かったな」
「……精霊界では熱いものには触るな、という常識は無いのか」
「鍋が無いからな」
「そういう問題か!指先が赤くなっているではないか、氷水にでも突っ込んでおけ」
「舐めてくれないのか」
「火傷は舐めても治らんわ!」
「一応耳には付けてみたんだが」
「何時の時代のドラマを観た貴様!そんな行為無意味に決まっているだろう!」
「そういえばあのドラマに出ていた『ユキエサン』とやらが着ていた服がなかなか良かったぞ」
「カイ、あれは割烹着っていうんだぜぃ。はいこれ薬。指出して」
「すまないな、モクバ」
「……お前達は一体何を観ているんだ、何を」
「それでユキエサンがな……」
「どうでもいいわそんな事!」
「妬くな瀬人。オレはユキエサンの事は何とも思っていないぞ」
「誰が妬いているかぁあああ!」

 グツグツと見栄えは美しくカットされた具材がキャセロールの中で泳いでいる。各自得意分野で役割分担をした彼等は、野菜や肉の切り分け及び仕上げは瀬人が、レシピ確認や味付けその他総括はモクバと男が担当して、とりあえず無事『シチューの様なモノ』は出来上がった。

 匂いや色には問題がないので、とりあえずはシチューと言えるが、まだ最終的な味見を行ってはいないので『様なモノ』と表現しなければならない。

 その最後の味見の前段階でそれまで積極的に調理に参加していた男が不意に奇妙な顔で瀬人を振り返った。そして、指が痛いと言い出したのだ。自慢するように掲げられた指先は確かにほんのりと紅く染まっていて、そう言えばこの男は先程鍋を素手で掴んでいたな、と瀬人は呆れ返りながら思ったのだ。熱いならその場で熱いと言えばいいのに、表情すら変えないで黙っているから平気なのかと思っていたら……。

「どう?」
「凄いな、もう痛くないぞ」
「このキャセロール、取っ手の部分がカバーされてないから気を付けないと駄目だよ。ていうかお前、この程度で済んで良かったな」
「面の皮と同じで手の皮も厚いんだろう」
「なんだ瀬人。まだ怒っているのか」
「貴様が言う様な意味で怒ってるんじゃないわ!しつこいな!」
「では、味見をしようか。スプーンを突っ込んでいいのか」
「人の話を聞けッ!」
「あー駄目だぜぃ。こっちのオタマで掬ってー」
「これか」
「で、この小皿でって、あー!」
「あ、馬鹿者っ、待て!」

 二人の意見などそっちのけでシチューの仕上がりに興味深々の男は、モクバに手渡されたオタマを手にすると早速中に突っ込んで掬い上げた。思い切り湯気が立ち、見た目にも酷く熱そうなそれを男は、兄弟が止める間もなくそのまま直接口に付けてしまった。その結果。

「熱っ!」

 当然、舌を火傷した。

「だから小皿って言ったのに……もー。はい。氷水」
「……何をやっているのだ貴様は」
「………………」

 その現場を目の当たりにして、尚且つ止めるべく大声を上げた二人は、それでも起きてしまった悲劇に少々……本当に少々罪悪感を感じつつ、口を押さえて俯いた男に比較的優しくそう言った。対応が早かった為か、然程酷い事にはならず、多少舌が痛んで痺れた程度で収まったらしい。

 モクバから受け取った氷水入りのグラスを飲み干して、中の氷を口内で転がしながら、男はややトーンを抑えた声で「味は悪くなかった」と言い切った。「そう?」とモクバも続いて味見をしてみると、見事記憶に残っていた『父サマのシチュー』と合致する味だった。

「うん!これだよこれ!」
「……よく、分からんが、そうなのか?」
「そうだよ。兄サマもよく覚えてね」
「……ああ」
「瀬人、舌が痺れて味が分からない。何とかしろ」
「自業自得だ、馬鹿め。少し経てば元に戻る」
「本当か?感覚がないままだと不安だな……キスしろ、瀬人!」
「モクバの前でふざけた事を言うな!一生痺れておけ!」
「もー火の傍で喧嘩しないでよ二人とも、ひっくり返して火傷したら大変だぜぃ。そろそろ盛り付けやろう?」
「よし、任せろ!」
「貴様は手を出すな!絶対自分の指にかけるだろうからな!」

 かくして海馬家の食堂に暖かなシチューと、見た目は少し悪いが味はいいサラダその他が小綺麗に並べられた。

 その途中、二人きりになった隙に、男が舌の感覚が戻ったかを確認する為こっそりと瀬人にキスをしようとしたのだが、それは敢え無く失敗に終わったらしい。