Act2 首を絞める

 今だと思った。この瞬間こそが忌々しい男を永遠に消し去る千載一遇の大チャンスだ。荒い息を吐き、存外筋肉のある腹部に(正確に言えばそこは『腹部』ではないが)に馬乗りになったオレは眼下にある白い喉元に目をつけて、そう思った。

 この両手で、その場所をギリギリと締め付けてやれば、いかなこいつと言えど無事では済むまい。精霊を絞殺出来るのか知らないがやってみなければ分からない。ともかく、この機会を逃す手はない。思い立ったら吉日というし、一つ実行してやろうではないか。

 そう思ったオレは、未だ同じ様に息を弾ませ肩を上下させる男の方へと腕を伸ばす。気取られては元も子もないから極自然に。この手を阻止する最大の敵である相手の掌は両方ともオレの腰を掴んだままで動く気配はない。

 馬鹿め、後数秒で貴様は地獄行きだ。今日も今日とて散々人を弄繰り回して得意気な顔をして、今この瞬間も何が楽しいのかにやつく笑いを引っ込めようとはしない。見てくれだけは至極似ているその顔が苦悶に歪む所は余り見たくはないが、心と身体の平穏を取り戻す為ならオレは幾らでも鬼になってやる。  

 オレの指先から目的の場所までの距離は後1センチ、さぁ観念しろ!とそこから一気に咽喉を掴んだその時だった。

「……?!んぁっ!」

 喉仏の辺りに目標を定め、精一杯の力で締め上げようとするより早く、にっくき変態精霊は突然腰を跳ね上げ、未だ奴を収めたままのオレの内部を擦り上げた。ぞくりとした快感が背に走り、思わず力が抜けてしまう。

 同時に口から漏れ出てしまった妙な声に、手は目的を果たすどころか喉を捕らえることすら困難になる。そんなオレの事を不思議そうに見上げながら、男はあろう事かオレの頭を抱き込んで、唇を寄せてきた。そして、抗う間もなく塞がれる。

「んうっ……んっ……はっ!」
「何をしている瀬人。掴みたいのならもっと別の場所を掴め」
「んっ、……き、貴様腰を動かすな!」
「……この状態でするなと言われてもな。お前が変な動きをするから余計に気持ちがいいんだが」
「だ、黙れ!いいから動くな!……いっ!」
「セックスの最中に首を絞めると効果的なのはお前の方であって、幾らお前がオレの首を絞めてもなんの意味もないぞ?」
「誰が気持ちよくなりたいと言った!下らん知識ばかり吸収してこの変態め!」
「何だ違うのか。残念だな」
「ひあっ!あっ!……くそっ……肩を離せっ!貴様など絞め殺してくれるわ!」
「ああ、それがやりたかったのか。本気でオレを絞殺したいのなら、まず最中はやめたほうがいいんじゃないか?入れたままでお前が何か出来るわけがないだろうが。震えてる癖に」
「う、煩い!!じゃあ抜け!」
「後一回イッたら考えてやる」
「やっ!……あっ!……あァッ!」

 ……結局その日の目論見は失敗に終わり、企みがばれてしまった所為で余計に奴を興奮させる事となり、いつもよりも酷い有様になった。最悪だ。

「今なら締めてもいいぞ。ほら」

 散々好き放題やられた後、優しく髪を撫でながら口元に笑みさえ浮かべてそんな事をいう男の顔を呆然と見上げながら、オレは差し出された喉元を再び掴む気力もなく、かと言ってこのままでは余りにも悔しいので、腹立ち紛れに届いた口で思い切り噛みついてやった。
 
 けれど、それはやはり相手を喜ばせるだけだった。