Act6 まるで親子みたい

「えぇ?!何?この子、海馬くん?!」
「やーん!可愛い〜!触らせて!抱っこさせて!!」
「おいなんだこりゃ、何かの冗談か?」
「ちょ、お前等一斉に囲むなって。ビビってんじゃねーか。って、あっ!逃げたっ」
「お前、懐かれてねーんじゃねぇのか、城之内」
「ちげーよ。さっきまで散々遊んだんだぜ。すっかりお兄ちゃんだ。んで、あっちがお父さん」
「お父さんって。怒られるよ」
「んにゃ、満更でもないみたい。大体あいつら同じ顔してるだろ。こうして見るとマジもんの親子じゃねぇか。さっき近所のオバちゃんに声かけられてたぜ。お若いパパさんねーって」
「ぎゃはははは。そりゃ傑作だ」

 城之内と遭遇して数時間後。

 城之内の『超面白いもんが見れるから学校フケてちょっときやがれ』との緊急招集により、瀬人の『お友達』群が童実野公園へと集結していた。皆直ぐに城之内と共に滑り台で大騒ぎをしていた瀬人を見つけ、一斉に奇声を上げて取り囲んだ。その直後瀬人は直ぐに城之内の元を離れてすぐ近くのベンチで寛いでいた男の元へと走って行った。

「カイ!」
「なんだ、どうした?アレはお前の『お友達』だぞ」
「いや」
「克也の仲間でもある。特に怖い事はない。まぁ、ちょっと個性的な面子ではあるがな」

 そう言う男の言葉を聞いているのかいないのか、すぐさま足元に縋りつき、次いでよじ登って来た瀬人はしっかりとその身体にしがみ付いて肩口に顔を埋めてしまう。それを背を撫でる事で宥めながらぽかんとしてその様子を見守っている面々に苦笑して見せると、彼はそのままベンチから腰を上げ滑り台の辺りでたむろしている彼等の元へと歩いて行った。

「わーなんかほんとにお父さんみたい」
「だからそう言ってるだろ」
「?お父さん?なんの話だ」
「君と海馬くんが親子みたいに見えるよって話してたんだよ。だって君達そっくりなんだもの」
「ああ。そういう意味か。だ、そうだ。瀬人」
「……カイは父さまじゃないよ」
「あ、嫌がられた」
「一応区別はしてるんじゃね。なんか良くわかんねーけど」
「でもホントに可愛いわねーこれが大きくなるとああなっちゃうのかぁ。つくづく惜しいわねー」
「オレと同じ事言うなよ杏子」
「まぁ、逆を返せばガキん頃からああじゃ引くだろ、普通に」
「本田くん、何気に酷いよね」
「わり、つい本音が」
「でもコレどーすんだよ。戻らなかったらヤバいんじゃねぇの?社長さんがいねぇと回らねぇだろ、あの会社」
「さぁ……多分一時的なものだろうから明日には戻るのではないのか」
「楽観的だなーあ、そーだ。今の内に写メ撮らせろ、写メ!」
「あ、あたしも!」
「僕もっ!」
「よーっし、瀬人、お父さんと一緒にはいチーズッ!」

 いつの間にか単なる高校生の集団から撮影大会になってしまったその場を半ば呆れつつ眺めながら、男は腕の中の瀬人をなんとはなしに見つめていた。人見知りをして少し怯える表情、安心だと分かった途端に全身で縋りついてくる身体、甘える様に伸ばされる指、柔らかく微笑む顔。

 どれもこれもモクバは知っていて、男が知らない瀬人の姿。子供の頃に沢山辛い思いをしたから、今の兄から笑顔が消えたと教えられた時、男は出来るならば時を遡り幼い瀬人を守ってやりたいと強く願った。

 勿論それは不可能な話であったし、例えそれが出来た所で今の瀬人が変わってしまえばなんの意味もないのだが、一番人の優しさに触れたい時期に与えられなかったそれに強く心が痛んだのも事実だった。

 だから今は、今日一日というこの時間の間だけでも、こうして無邪気に笑っていて欲しいと、男は思う。それが例え瀬人の記憶には残らないものだとしても、そうする事によって男の方が少し救われるような、そんな気がするのだ。

 ……ただの自己満足ではあるけれど。

「それ、何?」
「あ?お前携帯知らないんだ?これはなー電話なんだけど、カメラの性能も付いてる、すげー機械なんだぜ。ほら、お前の顔、映ってるだろ」
「ほんとだ。カイと一緒」
「お前等ほんとにそっくりだよなー。後で『パパと一緒』って書いて、海馬の携帯に送ってやろ。あいつどういう反応すっかな。楽しみー♪オレとも一緒に撮る?おい本田、撮ってくれよ」
「あ?何だよめんどくせぇなぁ。んじゃ携帯こっちに寄こせ」
「ちっと瀬人借りるぜー。よしよし。んじゃ、ピースしてみ、ピース。こう」
「こう?」
「ちょ、かわええ!」
「きゃー!可愛い!!ちょっと城之内!あんた邪魔よ!!」
「うるせぇ!」

 いつの間にか抱いていた瀬人を城之内に奪われ、和気藹々と携帯に向かってポーズを取る彼等を男は特に動きもせずに眺めていると、一人その撮影会に参加しなかった遊戯がいつの間にか隣に立っていて、ひょい、とその顔を覗き込んだ。

「本当にお父さんみたいな顔してる」
「そうか?よく分からないが」
「小さい海馬くん、本当に可愛いよね。なんかぎゅっとしてあげたくなる気持ちになるよ」
「ああ」
「君の場合は大きな海馬くんでもぎゅっとしてあげたいと思うだろうけどね。口では嫌だって言うけど、結構好きなんじゃない?そういうの」
「どうだろうな。いつも嫌がられてばかりだからな」
「人間ってね。成長したって、根本的な部分って変わらないものなんだよ?だからさ、君が今日一日で覚えた色んな事を大きな海馬くんにもしてあげて。きっと、喜ぶと思うよ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものなの。僕ね……えっと、これは僕だけの考えなんだけど。どんな可笑しな事でも、その出来事は起こるべくして起きた事だって思うんだ。僕ともう一人の僕の事もそうだけど、君の事だって、あの海馬くんの事だって、きっと意味があるからこそこうなったんだよ」
「………………」
「だから、何も不思議な事じゃない。もう何が起きても驚いたりなんかしないよ。だから君も自信を持って」
「自信?」
「そう。自分の存在に。そして、海馬くんを大事にしてあげる事に。他の誰にも出来なかった事が、君には出来た。それこそ、意味がある事だと思わない?」

 それが例え論理的に説明出来ない事だとしても。科学では証明できない事だとしても。
 今、目の前にあるそれが現実。

「カイ!」

 瀬人の声が、男を呼ぶ。
 小さな指先が、求める様に伸ばされる。最初は非ィ科学的だとあんなにも拒絶した筈なのに。いつ失うか知れない恐怖に、一歩を踏み出せない時間が長く続いた筈なのに。

「ほら、呼んでるよ。行かなくちゃ」

 ね、『お父さん』?
 いたずらっぽく細められた紫の瞳が、心底嬉しそうに、そう笑った。
「あーあ。オレも兄サマと一杯遊びたかったぜぃ。公園楽しかった?」
「うん!」
「そっか。良かったな。……なぁ、カイ。兄サマ、明日になったら戻るのかな?」
「さぁ。オレにはなんとも言えないな。そもそも原因がゲートだと言う事すら曖昧だしな」
「戻って欲しい様な、暫くこのまんまでいて欲しい様な……複雑な気分だぜぃ。よーし瀬人!今夜はオレとお風呂にはいろうな?お風呂で遊ぼうぜぃ!」
「結局はお前も瀬人で遊びたいと言う事か」
「『で』じゃないでしょ。『と』だよ」
「どちらも同じ事だ」
「まぁそうだけどね。でも、一杯優しくしてあげたいよ。兄サマは、オレに優しくしてくれたから、ちょっとでも恩返し、したいんだ」
「もう十分だと思うがな。瀬人が大きかろうが小さかろうが、お前はよくやっている」
「お前は?」
「うん?」
「お前は、一杯優しくしてあげた?」

 一日この兄サマと付き合って、沢山甘やかしてあげたのかよ?その後公園で散々騒いだ後、学校帰りのモクバを迎えに行き、三人共にのんびりと歩きながら帰路に付く。その最中、そう言っていつの間にか腕の中に抱え込んだ瀬人を思い切り抱き締めたモクバに、男は大きく頷くと少し自慢げにこう言った。

「ああ。けれどオレは、瀬人が大きくなっても甘やかすつもりだがな」

 それはオレの特権らしいからな。そう笑顔と共に言ってやると、モクバは少しつまらなそうに口を尖らせて「そうかよ」とぶっきらぼうに言い放った。

 けれど、その顔は笑っていた。

 誰にも出来なかった事を成し遂げた事。
 それこそ小さな奇跡なのではないかと男は思う。  

 絶対に見る事が出来ないと思っていた、目の前の幼い瀬人の顔が微笑む様と共に。