「城之内くん!海馬くんからOKメールが来たよ!」
「おお、やったじゃん遊戯。後は当日にどうするかだな」
「……うう、でも僕海馬くんにまともに触れるかなぁ」
「……4月のお試し期間中?に強引にあれこれやった癖に、まーだそんな事言ってんのかよお前……」
「だ、だって!あの時は夢中だったっていうか、必死だったっていうか……今思うとすっごい事しちゃったなぁとか……色々と反省しちゃって」
「反省遅すぎ」
「……分かってるよ」
「とにかく!『添えメシ食わねぇのはオトコの恥』っていうだろ?ドーンといっちゃえよ!」
僕の誕生日まで後2日に迫った木曜日。1時限目が始まる少し前の、教室の僕の席。
そこで昨日の夜に海馬くんから例の約束の返事が来た事を一番に城之内くんに報告したら、城之内くんは凄く喜んでくれて今のような言葉をくれた後、なっ!と元気良く声を上げて、僕の背中をバンバン叩いて元気付けてくれた。……ちょっと前まではあんなに嫌な顔をして「海馬なんかやめちまえ」って言ってたのに、一体どうしたのかな?っていうかそれを言うなら『据え膳食わぬは武士の恥』でしょ。
でも次の日曜日、本当に海馬くんは僕の為に1日時間を取ってくれたんだ。メールでは僕に合わせるって言ってくれたし、これは絶対にチャンスだよね。ここで何にも出来なかったら僕、男やめなきゃなんないよ!
けど、海馬くんが目の前にいない今でもやっぱりドキドキしてて、海馬くんがいないのにこんなに緊張するんだから、傍にいたらどうなるんだろうとか考えると、凄く不安になってしまう。
それでなくても、最近僕は海馬くんに対して変な態度を取ってるから、海馬くんも凄く不思議そうな顔で僕を見るし、海馬くんにああいう顔をされると僕はますますどうしたらいいか分からなくなる。ああもう、二ヶ月前の駄目元で頑張ろうって張り切ってた、無謀で強引な僕に本気で戻って来て欲しいとさえ思っちゃうよ。
……あの時はどうして何も考えずに海馬くんにキス出来たんだろう。何の躊躇もなく手を握る事が出来たんだろう。幾ら考えても分からないよ……。
とにかく、昔出来た事が今出来ないなんて事はないんだから、ここは心を落ち着けて、変な事をしないようにだけしなくっちゃ。折角恋人関係を一年延長して貰ったのに、こんなに早く「もう嫌だ」と言われたら僕はもう立ち直れなくなる。別に変な緊張をする必要はないんだよね、普通にしなくっちゃ、普通に……うう、普通ってどういうの?もうドツボにハマッてるよ。
「遊戯」
そういえば海馬くんに日曜日の事ってちゃんと話した方がいいのかな。城之内くんは「心の準備をさせた方がいい」なんて言ったけど、やっぱりそれって「絶対にそういう事するからね!」って宣言しちゃうようなもんだし、それを知ったら海馬くんビックリしちゃって折角取り付けた約束をキャンセルされちゃうかもしれないし。
でも、でも何にも言わないでその日突然「今日僕の誕生日なんだけど」って言ったら「何故言わないんだ」とか言われるだろうし……どっちをとっても不自然だよ……難しいなぁもう。
「遊戯ってば!!」
「えっ、何?」
「何じゃねぇよさっきから呼んでんだろ。後ろ見てみな」
「後ろ?何かあるの?」
「いいから」
僕が城之内くんの身体を通り越して、何も書かれていない黒板をじっと睨みながら色んな事をぐるぐると考えて頭から煙が出そうになっていると、急にぽん、と頭を叩かれて、城之内くんが大きな声で僕の名前を呼んでくる。それに驚いて顔をあげると、彼はくいっと顎をしゃくってその言葉通り僕に後ろを見ろと言って来た。
……後ろ?先生が来るのは前からだから、後ろになんて僕は用事ないんだけど……そう思いながらゆっくりと振り返ると、そこには海馬くんが立っていた。いつもの、ちょっと見慣れない学生服姿で自分の席に鞄を置きながら、僕達の方を眺めている。
僕は思いがけない彼の登場に心底驚いて、思わず大きな声を上げてしまった。
「えぇ?!海馬くん?!」
「三日と空けずに来るって珍しくね?暇なのかもよ」
「嘘っ。だって一昨日だって……!」
「どーでもいいから行って来れば?オレ、購買行ってパン買って来よ」
思わず思いっきり凝視しちゃって、海馬くんと目が合って固まってしまった僕に、城之内くんはそんな暢気な事を言いながら、本当に財布片手に前の扉から廊下に出て行っちゃった。……こ、この状況で僕を一人にしないでよ!まだ全然、海馬くんに会う心の準備が出来てないよ!
そんな事を心の中で叫んだって誰も聞いてくれる訳もなく。僕は仕方なくちょっとギクシャクした動きで海馬くんの所へと行こうとした。ああ、駄目だ。意識しちゃうと全部変になっちゃう。相変わらず僕の顔を見ている海馬くんの表情が、またあの不思議そうなものに変わる。僕の緊張はMAXになる。
「お、おはよう、海馬くん。今日はどうしたの?」
「どうしたとは?時間が出来たから、登校しただけだが」
「そ、そっか。えっと、あの、じゃあ一緒にお昼食べられるね。あ、それともまた午前中で帰っちゃう?」
「どうなるかは分からんが、一応昼までは居る予定だ」
「ほんと?やったぁ!じゃあ、三時限目の英文の宿題、教えてくれる?やって来るの忘れちゃったんだ」
「……貴様は高校生にもなって、宿題を忘れるなどという間抜けな事を繰り返しているのか」
「だってしょうがないでしょ。教科書、全部置いていってるんだから」
「そんな事を威張るな。……まだ授業開始まで時間があるな。見てやるから持って来い」
僕の変な動きには特には何も言わないで、海馬くんはちらりとこっちを見ると半分呆れたように溜息を吐きながら、それでも怒らないでそんな事を言ってくれる。その顔には、さっき出てた不思議な色は消えていて、いつもの海馬くんに戻ってる。
僕はここに来るまですごくすごく緊張していたけれど、いざ海馬くんの前に来ると何かが吹っ切れたのか、少しだけマシになっていた。ああ、良かった。……舌の回り具合はちょっと良くないけどね。
あんまり待たせて海馬くんをイライラさせちゃ悪いと思ったから僕は直ぐに自分の席に帰って英語の教科書とノートを取ってくると、さっさと自分の席に座ってシャープペンを取り出している海馬くんの元に行く。筆箱以外には何も無い、落書き一つ付いてない机の上に宿題のページを広げて差し出すと、海馬くんは「で、その宿題とやらは何なのだ」と聞いて来る。
「うんと、ここの文章を和訳して、単語の意味も全部答えなきゃいけないんだ」
「……こんなもの辞書を片手にやれば直ぐに出来るだろう」
「海馬くんは直ぐっていうか、辞書もいらないかも知れないけど、僕には凄く時間が掛かるんだよ」
「……では、要点だけ訳してやるから、そこに書き取れ」
「うん」
そう言うと海馬くんは英文を指で指し示しながら、僕の書き取る速度にあわせてゆっくりと日本語訳を口にする。その声を聞きながら、僕はその和訳をノートに書き取ろうとしてちょっとだけ身を屈めた、その時だった。
僕の頭の位置がよくなかったのか、それとも海馬くんがちょっと動いてしまったのか、僕達の頭がこつんと当たる。それだけでも十分に驚いたのに、右のこめかみにさらりと触れた柔らかな海馬くんの髪の感触に僕は二重に驚いて、思わず「ひゃっ」と変な声を上げて、海馬くんから飛びのいた。その声の余りの大きさに海馬くんも吃驚したのか、顔を上げて僕を見る。
「ご、ごめんっ!痛かった?!」
「いや、全然?何をそんなに慌てている」
「えっ、だってっ!当たっちゃうとは思わなかったからっ!ほんとにごめん!」
「だから別に大丈夫だと言っている。続けるぞ」
僕が余りにも必死に謝るから、海馬くんは少しムッとして何事もなかったように髪をかきあげると、また教科書に向かってしまう。その顔を少し引き気味の体勢で眺めながら、僕は跳ね上がった心臓を落ち着かせつつ、今度はぶつからない様に距離を取って、もう一度ノートを見る。シャープペンを持つ手が震える。
……ああもう、折角いつもの雰囲気になったと思ったのに、また自分の所為で台無しだよ。一回意識しちゃうと、ずっと意識したままになっちゃう。凄く近くにあった海馬くんからはなんだか甘いいい匂いがして、それが余計に僕をドキドキさせた。英文なんてどうでも良くなって来たよ、どうしよう。
そんな事を一人考えていたら、全部終わる前に一時限目のチャイムが鳴ってしまった。それに、ほっとしたような残念なような気持ちで、大きな溜息を吐く僕に、海馬くんは無言のまま、何か言いたそうな顔をしていた。その眼差しから逃げるように僕は早口で「ありがとう」と言って自分の席に戻ってしまう。
……やっぱり変に思われたかな。次の時間からどんな顔をして海馬くんの顔を見ればいいんだろう。彼がいて凄く嬉しいのに、なんだかとても憂鬱な気分になった僕は、手にした英語の教科書を乱暴に机の中に突っ込んだ。
そして何時の間にか目の前にいた先生を見つめながら、もう一回大きな溜息を吐いてしまった。
それからお昼までの四時間。僕はずっと緊張しながら、休み時間毎に海馬くんの傍にいた。海馬くんはやっぱりいつもと変わらない調子で僕が一方的に話す言葉に相槌を打ってくれていたけれど、時々声を詰らせる僕に目を細めて首を傾げてみたり、分からない程度だけど顔を顰めたりして疑問を露わにしてる。でも、その疑問に上手く答えられる訳もなく、僕は気付かないフリをしてやり過ごした。
そして、漸く来た昼休み。
僕は普段通りお弁当を手に海馬くんの席に行って、屋上へと彼を誘った。今日も外は凄くいい天気で、雲一つない青空だった。天気予報では明日から梅雨に入るかも、なんて言ってたけどそんなの全然感じられない。
僕達は殆ど定位置になってしまった給水塔前の壁際に座り込むと、僕はお弁当を広げて、そして海馬くんはやっぱり珈琲だけを片手に飲んでいた。そこまで、何故か僕等は無言だった。
いつもならこの段階で僕が海馬くんにとっては本当にどうでもいい事をペラペラ喋ったり、手の中のお弁当箱を見せながら「どれなら食べれる?」なんて聞くんだけど、今日は朝からの動揺がまだ取れなくてそのどちらもする勇気が持てなかった。
直ぐ隣に海馬くんがいるのにその顔すら見えなくて、少し俯いて黙々と箸を動かす。そんな僕の事を海馬くんはどう思っているだろう。凄くつまらない奴だとか思ってるかな。それとも逆に煩くなくていいって、全く気にしないでいつもと同じ様に携帯を弄り始めちゃってるかな。
どっちにしても寂しいな。自分の所為なんだけど。
何時の間にか空になったお弁当箱に気づかずに、カツンと箸が底に当たる。それにはっとしてついに時間を誤魔化すものが無くなってしまった僕は、いそいそとお弁当箱を片付けて、今日何回目か知れない溜息を吐く。これからどうしよう。何を話せばいいだろう。そう思ったその時だった。
突然、何をしているか全然把握してなかった海馬くんがいきなり僕に話しかけて来る。
「今度の日曜だが」
「……日曜日?」
「何処で、何がしたいのだ」
「……えぇ?!」
「……何故、そんなに驚く」
全然予想していなかったその言葉に僕はビクリと体ごと飛び上がって思わず顔を跳ね上げてしまう。するとそこにはやっぱり片手に携帯を持っていたけれど、海馬くんが僕をじっと見下ろしていた。うわ、気付かなかったけど顔が結構近い。な、何なのこの距離!ていうか、今海馬くん何て言ったっけ?何処で何がしたいって、そんな凄い事言ってなかったっけ?!
「どっ、何処で何をしたいって……そんなのっ」
「だからどうしてそこで慌てる。オレは何か可笑しな事を言っているか?」
「あ、ご、ごめん。そうだよね。海馬くんは何も変な事は言ってないよ。えっと日曜日は……あの……」
「とりあえず貴様が来るのか、オレが行けばいいのか、どっちだ」
「か、海馬くんはどっちがいい?」
「オレは貴様に合わせるといった筈だが?」
「えっ、あっ、そう……だったよね。じゃあ、僕が海馬くんの所に行ってもいい……かな?僕の家でもいいんだけど、日曜日は家族皆いるし……あ、母さんはもう一回海馬くんに会いたいとか言ってたけど。それはまた今度って事で」
「別に構わんが」
「じゃあ、そういう事でお願いします」
あーもう、なんでこんなに変な会話しか出来ないんだろう。あからさまに不自然だよ僕!
だって、海馬くんがいきなり日曜日の事なんて話題に出すから!!何がしたいとか言われたら答えなんて一つしかないじゃん!そんなの正直に言えないよ!ドン引きだよ!
僕がそんな事を思って一人大慌てしているのに、海馬くんったら凄く涼しい顔をして決まったスケジュールを打ち込んでいるのか、また携帯に向き直る。
もう、僕がどんな事を考えてこんなにドキドキしてるか知りもしないで、暢気なんだから。そんな海馬くんにとっては凄く理不尽なイライラを抱えながら、僕は漸くまともに見れたその顔をチャンスとばかりにじっと見る。給水塔の陰になって少し暗い光の下でも海馬くんの白い頬は凄く目立つ。こうして見ると本当に海馬くんってカッコいい……っていうか綺麗だよね。
その辺を良く見渡しても海馬くん位の容姿を持っている人ってなかなかいなくて……勿論その容姿だけじゃなくって、社長って言う肩書きとか、日本有数のお金持ちとか、物凄く頭がいい事とか、数え上げたらキリがないけど、とにかくこんなに何でも持ってる人ってそうはいないと思う。
それに比べて僕は特にカッコよくもないし、背は低いし、家はどこからどうみても普通の一般家庭だし、成績は下から数えた方が早いしでいいとこないよ。……うっ、自分で考えて落ち込んできた。
けれど、どんなに釣り合わなくても、今僕と彼は恋人……と言ってもまだ本当の恋人にはなってないけれど……で。それは誰が何て言おうと変わらない事実なんだよね。それは海馬くんが「嫌だ」とか「やめる」とか言わない限りは変わらない筈で。だから本当は変な遠慮とか緊張をするのは、やっぱり間違ってるんだ。分かってる。
相変わらず俯いてる海馬くんの顔は凄く近い。ほんの少し吹いている少し湿った六月の風がその白い顔に掛かった髪をさらさらと揺らしている。
綺麗だな、と思う。何度でも思う。
この瞬間僕はやっと、海馬くんに触りたい、と思う様になった。
思った途端、正直な僕の手はゆっくりと海馬くんの頬に伸びる。こんなに暖かい陽気なのに指先に感じたのは、少しだけ冷やりとしたすべすべの肌だった。そんな僕の突然の行動に驚いたのか、海馬くんは一瞬身じろいだ後、携帯のディスプレイから目を離してこっちを見た。
「……遊戯?」
「ね、海馬くん。キスしていい?」
「は?」
「今ね、僕、すっごくキスしたい気分なんだ。いい?」
そう言って海馬くんの顔を覗き込むように、僕は座った体制から立ち膝を付いて、漸くしっかりと見る事が出来た海馬くんの瞳を凝視する。やっと。……本当にやっと、昔の自分を少し取り戻した僕の指や声は、ちょっとだけ震えてはいたけれど、大分マシになっていた。
そうだ、そう……この感覚。思い出した。取り戻した。これが、海馬くんに真剣に向き合った僕なんだ。
海馬くんの静かな瞳が瞬きをした後、僕を映す。
そこに居る僕は、今度はちょっと余裕の顔をしていた。憎たらしい位に。
「……いいも何も……貴様は勝手にして来ただろう」
「?……海馬くん?」
「断らずにそういう事をしたいからこそ、『恋人』に拘ったんじゃなかったのか?」
「え?」
「なのに貴様は、自分で言い出したのにも関わらず、この二ヶ月おかしな態度ばかりとって……一体何なのだ?貴様の言う『恋人』の意義が分からん」
僕の「キスさせて」の一言に、動揺も何もなくさらりと返って来た海馬くんのこの台詞に、僕は凄く吃驚してまた飛びのいてしまいそうになる。けれどここで同じ事をやったら繰り返しになってしまうから、ぐっと我慢をして踏み止まった。
そんな僕を海馬くんは真剣な顔で見ている。そして彼の言葉に対する僕の返事をじっと待っていた。
どうしよう……何て答えよう。黙り込んでどう答えようか迷い始めた僕の脳裏に、ふと少し前に城之内くんから言われた一言が蘇る。
『まぁでも、一般論的に言えば、恋人になって二ヶ月も何も無しじゃ……ちょっとな。本気じゃなかったと思われるかも』
そう、そうだ。城之内くんにもそう言われたんだ。普通の人は皆そう思うって。だから海馬くんも、きっとそう思ったんだ。僕が変な態度ばかりとるから訳が分からないって、そう、言ってるんだ。……ああ、それって全部僕の所為だよね。ごめんね。心の中で言っても聞こえないけど、本当にごめん。謝らないと、君に。
「ごめん」
「何故謝る。オレは今の質問の答えを求めているだけだ」
「うん。でも、それには海馬くんに謝らないと始まらないから、最初にごめんって言わせて欲しいんだ」
「………………」
「海馬くんの言ってる事、全部正解だよ。僕はそういう意味で海馬くんと恋人になりたいって思った。勿論今だって変わらない」
「ならばどうして」
「それは……うーん、これは海馬くんには分かんないかも知れないけど……なんか急に意識しちゃって……ドキドキしちゃって、なかなか海馬くんに触る事が出来なくなっちゃったんだ。恥ずかしくなったっていうのかな……そんな感じ」
「よく、分からないが」
「もう、だから分かんないかもって言ったじゃん!とにかくそういう事だったの!でもね、海馬くんの顔を見てたら……何時の間にか吹っ切れちゃった。だから」
「だから?」
「キス、させて?」
ゆっくりと、本当にゆっくりと背を伸ばして海馬くんの顔に近づくと、もう殆ど唇が触れそうになる。海馬くんの声と一緒に暖かな息が頬に触れて、ドキドキする。でもそれは今までのものとは明らかに違っていて、手を離そうとは思わなかった。海馬くんも僕の言葉にもう何も言わなかった。
そのまま、唇に触れるだけのキスをする。本当に一瞬の、したかしないか分からない位の小さなキス。でも今の僕はそれで精一杯だったし、それ以上は望まなかった。
パチンと、海馬くんの携帯が閉じる音がする。
それにキスの余韻に浸る前に意識を逸らされた僕に、海馬くんはまだとても近いこの距離のままで、また思いかけない事を口にした。
「誕生日、なんだろう?次の日曜日……6月4日」
「え?!なんで海馬くんが知ってるの?僕の誕生日!」
「そんな事はどうでもいいだろう。大体貴様は自分の誕生日だからこそ、その日にオレに時間を取れと言ったのではないのか?」
「そ、それはそうだけど。自分で言うのも恥ずかしいから黙ってようと思ったのに……!」
「何が恥ずかしいんだか」
「だ、だって……なんか……その……」
「プレゼントを自分で強請る様で嫌だ」
「そう!それっ!!……って!!あわわ、違うんだよそうじゃなくってっ!!」
ちょっと!海馬くんの誘導尋問凄すぎる!!というかもう何がなんだか分かんないよ!!何で海馬くんが、次の日曜日が僕の誕生日だって知ってたの?!プレゼントなんて言い出すの?!
何で?!全部バレてるっ!!
顔を真っ赤にして心の中でそう絶叫しまくる僕に海馬くんは心底面白そうな顔をしてすっごく貴重な……笑顔を見せてくれた。そして、信じられない言葉を口にしたんだ。
「別に、貴様が欲しいと言えば、プレゼントぐらいくれてやる。……何が欲しい?」
そう言われても、僕には勿論即答なんて出来なかった。当日まで考えさせてって言ったら、海馬くんは「好きにしろ」って言ってくれた。
僕が欲しいのは物じゃないんだけど……調子に乗ってそう言おうとしたけれど、さすがにそれは言えなかった。