Act9 君と恋人になった日4(Side.海馬)

「兄サマ昨日学校に行って来たの?遊戯にゲーム渡してって言ったじゃん!テーブルの上に置きっぱなしで!」
「ああ……そういえばそんな事を言われてたな。すっかり忘れていた。だが、そう急がなくてもいいだろう。明日の日曜日に来ると言っていた」
「えっ、遊戯来るんだ?!そっかー、じゃあ他のゲームも早く終わらして渡してやろうかな」
「……お前、そんなにゲームばかりやっていて飽きないのか?」
「兄サマ達がカードに夢中になるのと一緒だよ。全然飽きないぜぃ」
「………………」

 デュエルは真剣勝負だ、遊びとは違う。そう即座に反論してやろうかと思ったが、デュエルに興味のない人間にとっては遊びであるゲームと然程変わり等ないのだろう。

 オレは持ち込んだ書類をテーブルの上に置き、PCを持ったままソファーへと腰かけて、目の前のスクリーンで展開されるロボット対戦型シュミレーションゲームを眺めた。ライバル社から後に提携企業へと変わった某社のヒット商品でもあるそれは、ゲームに登場するロボットのプラモデルが爆発的な売れ行きを見せ、モクバでさえも発売日に勇んで全種購入し、一人黙々と組み立てて部屋にずらりと飾ってあるのを見た事がある。

 そんなロボットの何処がいいんだと苦々しく思っていた矢先、当のモクバがオレに真剣な顔をして「兄サマ、オレ、このロボットをソリットヴィジョンで実体化したい」と言って来た。最初は余り乗り気ではなかったのだが、後に同じゲーム好きの遊戯まで巻き込んで、二人でオレに『お願い』と言って頭を下げてきたのだ。

 結局、最終的にオレが折れる形でその『お願い』を企画化してプロジェクトを立ち上げ、件の会社と提携を結んで……今夏発売の新作ゲームとして売り出される事となった。勿論既存のハードでは使用出来ないのでハードも全てKCで開発した。開発費等莫大な金額が掛かったが、それ以上の収益を望める上半期トップの目玉商品となる予定だ。既に予約は数分で打ち切られ、回線がパンクして苦情が殺到する事態となっているらしい。
 

『絶対売れるから!僕が保障するよ!』
 

 モクバと共にそう力説し、しつこくオレに言い寄って来た遊戯の尽力がなければ、オレはこの企画に手を出す事はしなかっただろう。結果はどうなるか分からないが、それでもこれまでの経緯を見るに成功するのは間違いない。……その点は、この二人には感謝しなければならないだろう。特に、遊戯には。

「あー早く夏にならないかなー!兄サマ、テストプレイヤーは募集してないの?オレ、喜んでやってあげるのに」
「募集はしているが一週間連徹のハードスケジュールだ。18歳以上にしかさせん」
「えー。オレ、副社長なのに?」
「むしろ副社長なのにテストプレーヤーに名乗りをあげる事自体が間違っていると思うが」
「ちぇ。オレだってただのゲーマーなのにさ。つまんないぜぃ。あ、じゃあ遊戯は?あいつそろそろ18才じゃない?」
「遊戯?」
「うん。遊戯、このゲームすっごく好きだから、喜ぶと思うな」
「いや、高校生も募集対象外だ。……というかモクバ、お前何故遊戯が18になると知っている」
「え?だってこの間そういう話をしたから。そろそろ18禁ゲームもできるなって」
「………………」
「確か、六月の……って!!明日じゃん兄サマ!あー!だから遊戯を呼ぶんだね?誕生日、お祝してあげるの?」

 じゃあ張り切って準備しないと駄目じゃん。ご馳走用意して貰う?視線はゲームに釘付けになりつつも嬉しそうにそう言うモクバの声を、オレは心底驚きつつ聞いていた。

 4月の『お試し期間』の初日に、遊戯がモクバに「僕と海馬くんは恋人なんだ」とつい口を滑らしてしまったあの日、オレは必死にモクバに対して誤解を解き一応事無きを得たのだが、結局その後延長宣言を受け入れて関係が終わらない事になり、相変わらず定期的に海馬邸に出入りする遊戯に、モクバは「やっぱりアレは嘘じゃなかったんじゃん」とオレを詰った。

 どう弁明しようとそれは事実になってしまったので、オレは渋々それまでの経緯とこれからの事をモクバに説明し、今度は誤解を解く為ではなく、了解を得る為に説得をしようと思ったのだが、意外にもモクバはその事に関しては何も言わず、むしろオレを差し置いて積極的に遊戯と仲良くしているようだった。

 よって、オレよりもモクバの方がよほど遊戯の事に関しては詳しい、等という事態に陥っている。遊戯がオレに対してギクシャクしていた分余計にだ。

 別にそれは構わないのだが……オレに聞こえないように楽しそうに何を話しているかと思えば、内容はそんな下らないものだったのか。大体18禁ゲームとはなんだ。城之内が良く口にするあれか。エロゲーとか言う奴か。遊戯は18になったらあんな低俗なゲーム(実物を見た訳ではないが、内容はオレだって分かる)をやりたいと思っているのか。最悪だな。……まあ、それはともかく。

 モクバが遊戯の誕生日を知っていたのは意外だった。知っているのなら教えてくれればいいものを。……まあ、常識的に考えれば『恋人』という立場であるオレが遊戯の誕生日を知らない筈がなく、よってモクバが積極的にその事をオレに言う訳も無いのだから、仕方がない事なのかもしれないが。

 そんな事を無言のまま悶々と考えていたオレに、モクバはコントローラーを器用に操りながらさらりと更に驚く事を言ってきた。

「で、兄サマは遊戯に何のプレゼントあげるの?もう準備した?」

 瞬間、けたたましい爆発音が響き、画面には赤の不気味な字体で「全滅」の文字が浮き上がる。それにモクバは叫び声を上げてがっくりと肩を落とすと、盛大な溜息を吐いて顔だけオレを振り返った。その姿を思わず凝視しつつ、オレは何となく後ろめたい気持ちで口ごもる。

「いや、まだ……」
「まだ?!だって明日だよ?!」
「というか、一応聞きはしたのだが、当日まで待ってくれと言われている」
「えー?プレゼント何がいいかって本人に聞いちゃったの?!それは駄目だよ兄サマ」
「何が駄目なんだ」
「だって、貰う楽しみが無くなっちゃうじゃない。何を貰えるかなーってワクワクするのが醍醐味なのに!」
「……だが、別に欲しくないものを貰ってもしょうがないだろうが。だったら」
「そういう問題じゃないの!自分の為に考えて貰えるっていうのが嬉しいんだから。大体さ、オレが兄サマにいつもあげる誕生日プレゼントのリサーチ、した事ある?それで、オレから貰って嬉しくなかったものってある?」
「……ないな」
「でしょー?プレゼントってそういうものなんだぜぃ」
「………………」

 モクバのその言葉に、オレは暫し考え込んだ。なるほど、オレの考えとは大分違うが、言われてみれば一理ある。が、既に「何がいいか」と尋ねてしまった上に、「当日まで待って」と返答を貰ってしまった以上それを覆す訳にもいかず、まあ仕方が無いだろうと一人頷いた。すると、またもやモクバが口を開く。

「あーでもさぁ、プレゼントって別に物じゃなくてもいいよね?」
「は?」
「案外遊戯も物はいらないのかも。うん、そういえば言ってた言ってた」
「……どういう意味だ?」
「それは兄サマが考えないと。プレゼント貰えないと、遊戯、18禁ゲームやっちゃうかもよ?」
「ゲームとそれと何の関係がある!?」
「やだなー兄サマ察してよー。とにかく頑張って」

 何を頑張るんだ、何を。

 そうオレはモクバに言おうとしたが、直ぐに気を取り直してゲームに向かってしまったモクバはもうオレの方を見ようとはしなかった。しかし、笑いを堪える様に微かに震える肩を見るに、多分また下らない事を思ってにやにやしているのだろう。

 中学に入ってからと言うものモクバは妙な所だけ大人びて、逆にオレをからかって遊んでいる節がある。オレの方と言えば、何をからかわれているのかすら分からないのだから対処の仕様が無い。

 それにしても……モクバからそう言われてしまうと少し考えてしまう。

 物じゃないプレゼント。それを上げないと、18禁ゲームに走ってしまう……?一体どういう事だ。やっぱり意味が分からない。

 耳に届く耳障りなゲーム音をもろともせずにそんな事を真剣に考えていたオレは、明後日の会議で使う資料を纏めるべく、ソフトを立ち上げ部下に用意するように言っておいたデータを受け取る為に社のデータバンクにアクセスした。数十桁のパスワードを数回入力し、膨大なフォルダの中から件の情報を取り出すべくタッチパネルを操作する。

 その時、視界の片隅に『武藤』の文字があった。勿論それは社員の一人の名前であって、遊戯のものではない。瞬間何故こんなものにまで反応するんだと内心大きく舌打ちしてスクロールをしようとした、その刹那。オレの記憶の片隅から、こんな声が聞こえて来た。
 

『じゃあ、僕のことが好き?!本気でキスとか、エッチとかしたいって思える?!』
『丁度ベッドの上だから、それ以上でもいいんだけど……さすがに嫌だもんね?』
 

 それは、四月のあの『お試し期間』中に遊戯から言われた言葉の一部。良く考えてみれば当時奴はそんな事を言いつつオレに迫って来た事があるのを思い出した。思い出したというか数日前にも確かに思った筈なのだが、そんな事はすっかり忘れていた。
 

『僕はそういう意味で海馬くんと恋人になりたいって思った。勿論今だって変わらない』
 

 ……キスとか、エッチ……いわゆるセックスをオレとしたい、と確かに遊戯は言っていたのだ。ここ最近のオレにはよく理解できない遊戯の心境の変化の所為で、いつの間にか何処かに行ってしまっていたそれは、昨日確かに遊戯の中に戻って来た筈なのだ。何故ならその内の一つ……キスは既にされてしまったからだ。

 ああ、なるほど。と、この時点でオレは漸くモクバが言わんとしていた事を理解する。オレがその『プレゼント』をしなければ、遊戯が18禁ゲームに手を出す、と言うのはそういう事なのだ。このモクバとあの遊戯の事だ。そういう話もゲームの攻略法を教えあう時と同じ気軽さで話しているのかもしれない。大体城之内すら知っていたではないか。何処の誰まで、どういうレベルでオレと遊戯の話が広がっているのか分かったものではない。

 どうでもいいがベラベラ喋り過ぎだ貴様!

 ……このままでは、全ての出来事を逐一他人に知られる事に成りかねない。明日きっちりとその類の話は他人には絶対にするなと釘を刺しておかなければ。

 と、そんな事より……。

 オレは完全に止まってしまった画面を凝視しながら、すっかり理解してしまった『プレゼント』の事について考えた。そして、考えれば考えるほど、その『モノ』の重大さに頭が痛くなって来た。明日、それを遊戯にやるという事は、言い換えるまでもなく遊戯を抱くか、遊戯に抱かれるかになるわけで……。そのどちらも正直に言えば今は遠慮したいと思ってしまう。

 が、今遠慮したところで、恋人関係にある以上いつかはしなければならない事なのだし、延ばす意味も余り感じられなかった。

 事が事ゆえに、自然と顔が熱くなる。オレはいい加減オーバーヒートしそうになる思考からその事を追い出して「明日は明日の風が吹く」とばかりに、改めてディスプレイに向き合った。
 

 しかしタッチパネルに触れた指先は、なかなか動こうとはしなかった。