Act2 さりげなく手を繋いでると思ってるのは二人だけ

「うおーさっぶぃ!!これ明日家から出れんのか?!」
「今夜から超大雪だって言ってたぜ。朝起きたら埋まってっかもな」
「オレ明日新聞配達どうすりゃいいんだよ」
「雪掻き分けて行け青少年!」
「あ?てめぇ他人ごとだと思って軽い事いってんじゃねぇぞ!」
「あったり前だろ。マジ他人ごとだし」
「本田〜!!」
「皆元気だねぇ。僕、寒くって死んじゃいそうだよ……バクラに変わって貰おうかな〜……ってうっわさっぶ!おい宿主ふざけんな!!オレ様寒さ駄目なんだって!マジ死ぬぅ!」
「……交代要員がいるといいよな……しかし、鬼だな獏良」
「……ったくもうだらしないなぁ。使えない奴!」
「一人芝居はその位にしとけよー。とりあえずちゃっちゃと帰ろうぜ。マジ凍死しちまうぞこれ」
「うんうん。あー僕にも彼氏か彼女がいたらこう言う日はいいんだけどなぁ」
「……はい?」
「ほら、あんな風にさ」

 すっかり日も落ちて暗闇に包まれた、期末考査前のとある放課後。HRの少し前から降り始めたボタ雪は、徐々に厳しくなって行く寒さに凍りついて、今はさらさらの、いかにも積りそうな感じに変わっていた。それに追い討ちをかける様に強く吹いてくる北風に、学校を出たばかりのオレ等は直ぐに凍えて立ち往生してしまう。

 くっそ誰だよ今年は暖冬だっつってたのはよ!クリスマス前からドカ雪とか馬鹿じゃねぇの?!

 まぁそれはともかく一刻も早く帰らないと遭難しちまいそうな勢いに、オレ等は皆縮こまりながら明日テストだっつー事もあるし、寄り道しないでさっさと家に帰ろうとコートの襟元を掻き寄せながら歩き出そうとしたその時だった。

 こんな時でものほほんとした調子を崩さない獏良がもこもこした手袋のまま「あれ」と、とある方向を指し示す。それに思わずつられて顔をそこに向けると、オレは思わず「ゲッ!」と声を出して目を瞠った。向けた視界の中には当たり前っちゃー当たり前だけど、やっぱりまだ慣れる事が出来ない異様な光景が広がっていたからだ。

 丁度昇降口の辺りに立ち尽くしている遊戯と海馬。オレは本田達との話に夢中になっていたから半分しか聞いてなかったけど、どうやら二人は今日この後海馬の家に行って明日のテスト勉強をするらしい(勿論海馬が遊戯を見てやるんだろうけど)。海馬の家に直行って事は、こっから車でご帰宅だからそれを待ってる状態っつーのは分かる。それはまあどうでもいい。
 

 どうでもいいんだけど……問題はその待ち方だ。
 

「海馬くんと遊戯くん、仲いいねぇ」

 二人の事情を知っているのかいないのか妙なイントネーションでそう言った獏良は、それ以上は特に興味もないとばかりに本田の影に隠れて吹いて来る風から身を守っている。

 いや、仲いいって。そういうレベルかあれは?どっからどうみてもその辺の高校生カップルそのものなんですけど。男同士で。

 海馬の奴このくそ寒いのに車通学だからか薄いコート以外何も身につけてはいなくって、教室を出る前から指先が真白だったっつーのは記憶にある。暖房が効いてる室内でもそんな状態だったんだから、外に行けばもっと寒いのは当たり前で。多分指先が真っ赤になってるんだろうけど……寒いんならさ、自分のコートのポケットに手ぇ突っ込んでりゃいいと思わねぇ?

 なんで遊戯の顔で暖を取る必要があるんだよ?!

 つか、遊戯も嬉しそうに頬に当てるな。息吹きかけんな。最終的には思いっきり繋ぐな。全く意識してないみてぇだから文句は言えねぇけど、ラブラブなんだよこんちきしょう、ふざけんな!

 そうオレが何故か妙な悔しさに意味も無く歯噛みしていたその時だった。こんな遠くからでもオレ達の様子に気づいたのか、海馬がぼそりと何かを言って、遊戯がくるりと振り返る。そして不思議そうに首を傾げた。
 

「あれ、城之内くん達まだいたの?」
 

 ……一瞬「なんでそこにいるの?」「邪魔だ消えろ凡骨」って二人の心の声が聞こえたぞおい。あーあーお邪魔でしたねぇ、ごめんなさい。でもさ、そこって昇降口なわけよ。分かる?全校生徒が出入りに利用する場所なわけ。お前等のプライベート空間じゃないですから!まだ手ぇ繋ぐ位なら目を瞑ってやってもいいけどよ、ちゅーとかしやがったら蹴散らすぞコラ!

「おい、城之内マジで何やってんだよ、早く帰ろうぜ」
「ぅえ?!お前らアレ総スルーかよ!」
「あれってどれだよ」
「何かあるっけ?遊戯くんと海馬くんがいるだけじゃないか」
「え?えぇ?」
「城之内くんってばやきもち?男の嫉妬はみっともないよー」
「な、何言ってんだ!そうじゃねぇだろ?!誰か突っ込めよ!」
「別にいーじゃん、なぁ?」
「僕らに害はないしね」
「勝手にやってればぁ、って感じ」

 ……おかしい。何かがおかしい。いや、逆におかしいのはオレなのか?ああなんかもう訳分かんなくなって来た。つか、こいつら何でアレを見て全く動揺もしてねぇんだ?

「いや、あの……あいつ等の事、何とも思わねぇ?」
「だから思ってどうすんだよ」
「どうって……どうもしねぇけど」
「どうもしねぇんならスルーしろっての。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまうぜ」
「本田くん博識〜!」
「テストに関係ないけどねー」
「………………」
「ほれ、いつまでも未練がましくガン見してねーで行くぞ。お前ヤバいんだろ明日の古典。遊戯はすんげー味方が付いたから大丈夫だけどよ。冬休みずーっと補修なんてイヤだろ?な?」

 言いながらポンと肩を叩いて来た本田は、そのまま首をホールドしてずるずるとオレを引きずる形で歩き出す。いや、ちょっと!オレの話は終わってねぇっ!と大騒ぎしてもどこ吹く風。いつの間にか奴らの話題は帰り際によるバーガーワールドで注文するメニューにシフトしていた。ちょ……ダブルベーコンチーズバーガーとかどうでもいいし!肉肉しくって気持ちわりーよ!つか、そんな事よりもオレは……なぁ!?

 首を抱えられている所為で段々と苦しくなって来る呼吸についに抵抗を諦めたオレは、本田の腕を力任せに引き剥がし、自分の足で雪でうっすら白くなったコンクリートの上に立つ。その瞬間オレ等の脇を一台の黒塗りの高級車が通り過ぎて行った。漸くお迎えの到着だ。イライラの元はさっさと自宅に引き取って下さい、とばかりにオレは最後にくるりと背後の二人を振り向いた。勿論さり気なさを装って。

 そしたら奴ら、相変わらず手をぎゅーっと握り締めたまま、あの身長差なのに歩調を合わせてのんびりと車まで歩いてやがった。親子みたいだぞ、くそ。やっぱりムカつく。

 ……オレがむかついたって、どうにかなるもんでもないんだけど。

 一瞬車に乗ろうとした遊戯が遠ざかるオレの姿を見つけたのか、「城之内くんバイバイ!」なんて声をかけて来たけれど、オレは敢えてスルーしてやった。

 冷たい両手をポケットに突っ込んで、歩き出す。
 

 安物ジャケットの薄い生地じゃ、悴んだ指先は全然温かくならなかった。