Act3 お前らさ、あんまそうやって見せ付けんなよ

「おはよう城之内くん!今日は寒いね!」
「おう。はよー遊……えぇ?!」
「なんだ貴様、朝から汚い顔を晒すな」
「ちょ、汚い顔言うな!っつーかお前、なんで朝っぱらから遊戯と……!」
「なんでって。だって……ねぇ」
「貴様には関係ない事だ」
「……まーいいけど。お前等ナチュラルに手ぇ繋いでんなよ」
「羨ましいのか」
「何威張ってんだよ。男となんざ手ぇ繋ぎたくねぇっての!」
「フン、繋ぐ相手もいない癖に吠えるな」
「うるせぇ!」

 あーもうイライラするー!!なんだこいつ等!朝っぱらから外でイチャイチャすんじゃねぇよこの公害馬鹿ップル!!くそ、なんでオレは朝からこんなのと遭遇しちまったんだろう。ってか、オレに声かけたの遊戯じゃねぇか。邪魔されたくないんなら声かけんなッつーの。アホかマジで!

 イライラしてる所為で歩く速度が少し遅くなっちまったオレを特に気にするでもなく追い越して、馬鹿ップルは他の生徒に堂々と混じって何が楽しいのかにこにこ笑いながら(勿論笑ってるのは主に遊戯だけど)進んで行く。海馬が限界まで下げた左手に、遊戯が少し持ち上げた右手を重ねる形で繋がった二つの手は当然の事ながらガッチリとした恋人繋ぎ。

 ……ものっすごい異様な光景だけど、二人が余りにも堂々としているからむしろ周囲に溶け込んでいて余り違和感を感じねぇ。いや、感じるんだけど、どうしようもないって言うか。

 それにしても海馬が朝から遊戯とべったりっつーのは珍しい。これが放課後だったら『良くある風景』の一つなんだけど、現在は朝日が眩しい登校時間帯だ。基本的に人混みが苦手な(らしい。絶対嘘だろうけど)海馬は学校に来る時だけは車で来てた筈なんだけど……。

「………………」

 そこまで考えてふと、オレはとある事を思い付いて更に嫌な気分になった。近づいて決定的な証拠を手に入れるのが嫌だったから更に距離を取る。……だってアレじゃん。奴等の髪から同じ匂いがしたりとかしたら、なんつーか想像しちゃうじゃねぇか。いやもう想像しちゃったけど。多分そーゆー事なんだろうけど。

 オレは我慢出来ずにうえぇ、と声を出しながら、なんだか急に脱力した身体を抱えて、今日は一日落ち込むんだろうなーなんて嫌な予感を胸に抱く。や、別にいいけどよ!誰が何してたってよ!でも、なんつーかこう……あー!駄目だ!イライラするッ!!

「あの、城之内さん。ちょっといいですか?」

 心の中に凄い勢いで吹き荒れる、自分でも良くわかんねぇ感情の嵐を必死に抑えながらオレが表面に一切出さずにのたうち回っていたその時だった。不意にふわりとしたいい匂いが鼻を掠め、くい、と学ランの裾を引かれた気配がした。

 それに驚いて背後を振り返ると、そこには全然知らない女の子が立っていた。コートの隙間から見えるリボンの色から同学年じゃない事は分かる。寒いからなのかほっぺたをちょっとピンク色に染めた、なかなかカワイイ下級生だ。

 オレは一瞬足を止めて首を傾げながらくるりと振り向いてごくふつーに「何?」と言ってみた。そしたらその子は赤い顔をますます赤くして「これ、受け取って下さい」と小さな箱を差し出してくる。何気なく受け取ると、その子は一目散に逃げて行って、遠くにいたらしい友達とキャーキャー騒いでる。

「なんだぁ?」

 思わず疑問を口に出して呟いて、手の中の箱を見る。するとそこにはっついた金色のシールにその答えが書いてあった。
 

『St.Valentine Day』
 

 ……ああ、今日はバレンタインだったのか!すっかり忘れてたッ!

 じゃあこれは栄えある一個目だな。去年は二桁行かないで終わったけど、今日は記録更新してやる!そう思い、大事な一つ目のチョコレートを薄っぺらい鞄に収めたオレは、再び元の速度を取り戻してやっと見えて来た校門へと向かい始めた。すると、少しの間その存在を忘れていた二人がまた視界に入りこんで来る。その様子を見て、オレはまたギョッとした。

 今までは手を繋いでいるだけだったのに、今度は互いの腰に(身長の関係で海馬の手は遊戯の背中辺りに、なんだけど)手を回して完全密着状態だ。

 イチャイチャが酷くなってやがる。なんだあれ。流石にヤバイだろそれは!

「ちょ……遊戯ッ!」

 オレは思わず身を乗り出して、一目散に馬鹿ップルの元へと駆け寄った。それに「なぁに?」と呑気に答える遊戯といかにも煩そうな顔で振り向く海馬。二人の体勢は全く変わらない。昇降口の前には生活指導の先公がいるってのに何考えてんだ?!怒られるのはオレじゃねーけど、なんかオレが恥ずかしいじゃねぇか!

「どうしたの?城之内くん」
「……お前らさぁ、何考えてんのか知らねぇけど、ちょっとは自重しろよ。あんま周囲に見せ付けんな」
「フン、今度は僻みか」
「ちげーって!オレは忠告してやってんだぞ!」
「生徒指導の先生の事?うん、分かってるよ」
「じゃー離れろよ」
「うん、見えるとこまで行ったらね」
「つか、別に今べったりする必要ねぇじゃねぇか!そーゆーのは家に帰ってやれよ!」
「だって」
「だってじゃねぇ」
「でも、だって。今日はバレンタインだから」
「……はぁ?」
「貴様は本当に頭の回転が鈍い男だな。だから駄犬だと言うのだ」

 相変わらずべったりとひっつきながらなんか偉そうに主張されてもイラつくだけなんですけど!!あームカつく!!つか、バレンタインだからとか意味分かんねぇし!これは彼女がいない奴の僻みなんかじゃねぇぞ。れっきとした常識人の意見として言ってんだ。大体……!

 オレが頭から湯気が出そうな勢いで怒りながらそんな事を思っていたその時だった。二人の元にさっきのオレみたく頬を赤らめた女の子が寄って行って何かを手渡そうとする。……が!多分そのチョコレートの贈られ主じゃない方……この場合はえっと遊戯かな……が何かにこやかな顔で首を振っている。すると女の子は残念そうな顔でそこから逃げる様に走って行っちまった。

 あれ?と思うより早く、遊戯がくるりとオレを見て「ね?」と良く分からない声をあげる。

「ね?……って。意味分かんねぇけど」
「離れていたら、チョコレート貰っちゃうかもしれないでしょ。だから海馬くんには僕がいるんだよーって、態度で示してるの」
「左に同じだ」
「…………あ、そ。……そういう事」
「うん」
「そういう事だ」

 最後は何故か誇らし気にそう言って、やっぱり仲良く歩き出した馬鹿ップルは、もうオレの事なんか見向きもしないでさっさと先に行ってしまう。その後ろ姿を眺めながら、オレは深い深い溜息を一つ吐いた。……なんかもう、今日は学校サボろうかな。チョコとかなんかどーでもいいし。

 今日は一日あの格好でいるんだろうか、あいつら。最っ高に迷惑だな。
 

 馬鹿ップルはバレンタインには学校に来ないで欲しい。

 オレは心の底からそう思った。