Act3 とってもこわがりです

「じゃあいいよ。モクバくんの部屋でやるから。海馬くんはここで仕事してればいいじゃん」

 そう僕がわざと拗ねた口調で頬を膨らませると、海馬くんは一瞬がばっと顔を持ち上げて、負けずに拗ねた顔になる。あーもーやっぱりそういう顔になるんじゃないか。それで結局一緒に見るハメになるんだから抵抗しなきゃいいのに。

「で、どうするの?僕、ここでしていいの?それともモクバくんの所に行った方がいい?」
「…………ぬぬ」
「僕はどっちでもいいんだけど。コレが出来れば」

 言いながら僕は手に持ったそれを見せつける様に大きく振る。丁度DVDと同じ大きさの樹脂プラスチックで出来たケースの中には、日本ではまだ発売予定のない海外版最新ホラーゲームのソフトが入っている。じいちゃんが僕の為に特別に仕入れてくれた逸品だ。

 こう見えてホラー系が大好きな僕は、今日出かける前に手渡されたそれを大事に胸に抱えて海馬邸にやって来た。これが何も予定がない日だったら(もしくはあってもどうでもいい用事だったら)すぐに部屋にとって返してプレイをしたんだけれど、今日は海馬くんが久しぶりのお休みで、あらかじめ約束をしていた日だったからしょうがない。

 お休みって言ったってどうせ半分は持ち込んだ仕事をやっている筈だから、その待ち時間の間にテレビを借りてやろうかなって思ったんだ。その事をやっぱり私室で熱心に仕事をしていて出迎えてくれさえしなかった海馬くんに持ちかけると、彼は想像通り嫌な顔をして僕をジロリと睨みつけた。そして口をへの字にする。

 余りに予想通りの反応に、僕は内心こっそり笑いながら、軽い調子で妥協案を出してみた。それが一番初めの台詞に繋がっている。

 ちなみに海馬くんが嫌がってるのは自分が仕事をしている横でゲームをされる事じゃない。ほとんど超人的な、と言っていい位の海馬くんの集中力は仮に隣でソリッドビジョンを駆使したデュエルをしていたとしても、全く持って途切れる事はないほど凄い(ただし、僕のデュエルとなるとまた別らしいけど)だったら何が問題なのかっていうと……僕がプレイするゲームそのものの事。

 そう、海馬くんはホラーゲームが大嫌いなんだ。ゲームっていうか、ホラー全体が苦手っていうか。友達の中では城之内くんもお化けとかが大嫌いで遊園地のホラーハウスの前でしゃがんで動かなくなったりするけれど、海馬くんの場合はもっと根が深いというか、怖がるっていうよりも拒絶反応を起こしちゃう。今だってパッケージを見ただけで、もし彼の手がここに届いていたら確実にそれを床に叩きつける位はするだろうし。

 だから、ゲームと名のつくモノは全部史上最高記録っていうオマケつきでクリアできちゃう海馬くんでも、ホラーゲームの類だけは一切プレイしていない。画面を見るのも嫌だとか言って逃げて回るんだよね。あ、でも純粋に苦手なのはゾンビとか、幽霊とか怪奇現象が起きる類のものだけで、サスペンスとかグロテスクな表現があるモノに関しては別に嫌いじゃないみたい。銃を乱射するようなゲームなんて目の色変えてやってるしね……それもどうかと思うけど。

 まぁ、それはともかく、そういう訳で今僕達はお互いの気持ちを主張し合いつつ睨みあっているという訳です。

「…………わかった。好きにしろ」
「わーい!ありがとう!」

 そんな微妙な沈黙が続いた数分後。殆ど僕に根負けする形で折れてしまった海馬くんは、心底嫌そうな顔をしながらそう言った。はぁっ、と彼の大きな溜息が部屋中に響き渡る。それを思わず笑顔で受け止めてしまった僕は、早速巨大なスクリーンの下にあるボックスに収納されているGW5(ゲームワールド5)を引っ張り出して、件のホラーゲームをセットした。そして電源を入れる前に、何やら落ち着かなくなった海馬くんを振り返り、ちょっとした親切心を見せてあげる。

「ね、海馬くん」
「なんだ」
「こっちにおいでよ。ここでだってパソコンは出来るでしょ?」
「……うるさい。オレに指図するな」
「それと、モクバくんも呼んできていいかな?やりたがってたみたいだから」
「ああ」
「じゃ、呼んで来るから移動済ませておいてね」
「だからオレに……」
「どうせ後からこっちに来る事になるんだからいつ動いたって同じ事でしょ」
「!!…………」

 しかも、ぴったりくっついて来る癖に。怖いんでしょ、本当は。

 元々笑っていた顔をもっと緩ませてトドメにそう口にすると、海馬くんはますます嫌な顔をして今度ははっきりと顔を顰めた。けど、ちょっとだけ頬が赤くなってるから全然怖くない。長い付き合いだもの、君の考えてる事や行動なんてぜーんぶお見通しなんだよ。残念でした。

 ほとんど鼻歌を歌いたい気分で部屋から出た僕は、向かいにあるモクバくんの部屋に行ってのんびりと寛いでいた彼を捕まえると、二人で連れだって海馬くんの部屋に戻って来た。そしたら海馬くんってばちゃっかりスクリーン前のソファへと移動していて、モクバくんに「兄サマもするの?」なんて言われてる。それに僕はやっぱり笑いを誘われながら、もう一回助け船を出してあげた。

「海馬くんは久しぶりのお休みだから、モクバくんとも遊びたいんだって。折角だから抱っこでもして貰えば?」
「えっ、ほんと?兄サマ。じゃーオレ、遠慮なく抱っこされるぜぃ」
「うーん、こうして見るとちょっと羨ましいかも」
「お前は最近いっつも兄サマと寝てるだろ。大人なんだからこういう時は譲るものだぜぃ」
「そうでした」
「よし、早くやろうぜ、遊戯」
「はいはい。じゃー電源入れるよ?海馬くん」
「な、何故オレに確認を取るのだ!」
「心の準備がいるかなーと思って」
「え?兄サマじゃなくってお前がプレイするのかよ?」
「そりゃそうだよーだってこれ僕が持って来たゲームだもん。まず始めに僕がプレイしなくちゃね」
「そっか、それはそうだよな」
「………………」

 本当は、怖がりの海馬くんはプレイできないんだけど。モクバくんの手前、それは可哀想かなって思って、僕は敢えてそんな言い訳をしてあげる。この借りは後でちゃんと返して貰う事にして、僕は早速ゲームの電源をONにした。大音響と共に顔が崩れた青白いゾンビのドアップが画面一杯に映り込む。

 それに一瞬息を飲んで膝の上に乗せたモクバくんをぎゅっと抱き締める海馬くんの横顔をこっそり眺めながら、僕は嬉々としてスタートボタンをプッシュした。あーもー可愛いなぁ。ゲームが終わったらそれこそ思いっきりぎゅっとしてあげたい!
 

 これから数時間、海馬くんは、そして僕は……どこまで我慢できるかな?