Act6 しげきぶつをあたえてはいけません

 海馬くんがそれを口にしないのはずっと子供の飲み物だからとか、甘いからとか、そういう意味だと思っていた。外見的にいかにも高校生らしくない彼は、食べる物はテーブルマナーを必要とする高級料理ばかりだし、飲む物も僕が口にしたら一瞬で顔を顰めてしまうような苦いブラック珈琲を代表とする大人の飲み物だけだった。

 だから単純に、彼は僕等が食べるような所謂ジャンクフードや、果汁は3パーセント程度で後は合成着色料が多分に入った粗悪飲料が嫌いなだけだと、そう勝手に理解していた。

 海馬くんも僕やモクバくんが喜んで食べるお菓子見てはいちいちそういう文句を言っていたし、食べる?と勧めれば一つ抓んでいかにも毒を食べてしまった様な顔をしていた。

 別にトラック一杯食べるんじゃないんだからいいじゃない。と言っても聞く耳なんか持たない。酷い時にはポテトチップスを食べた後は歯を磨かないとキスをしない、とまで言い張った。そんな彼に僕もいい加減頭に来て「神経質もここまで来るとただのワガママだよ!」と怒ってみたら「煩いわ!嫌なら来るな!」と一喝されて終わってしまった。

 こうなると、僕が彼に太刀打ちできる術なんてない。泣き寝入りだ。最も、物理的な反撃は出来るんだけど。そして結果的に泣き寝入りをするのは海馬くんの方になる。

 ……って、なんの話をしてたんだっけ?えっとそうそう、海馬くんがジュースとかお菓子とかが嫌いなんじゃないかって話だったね。

 まぁ、お菓子に関しては多分にして嫌い、というか興味無いのは確定なんだけど、ジュースの方はそうじゃなかったみたいなんだ。なんていうのかな、嫌いとか嫌いじゃないとかじゃなくって、単純に……。

  

「……なぁ、遊戯。あいつさっきから偉く静かじゃねぇか?」
「え?」
「そう言えば、ぜんっぜん反応ないわね」
「ぶすくれてんじゃねぇのかぁ?折角の『遊戯とのお花見』にオレらが便乗しちゃってる訳だし?っつーか元々邪魔する気満々だったけどよー!」
「城之内くんッ!」
「城之内、お前なぁ」
「まー。どっちにしたってココは桜の名所だし、鉢合わせは確実だろ。後から会うよりは最初から一緒に居た方がいいじゃねぇか。なぁ?」
「どーいう理屈だよそれ」
「ま、それはともかく、ちょっかい出しに行ってやれ」
「おいコラ、やめろって城之内ッ!」  
 

 そう言って、最近では珍しい瓶コーラを片手に少し離れた場所にいる海馬くんの元に歩いて行った城之内くんは、ワザとらしい猫撫で声で「かいばちゃーん。飲んでるぅ?」なんて言いながら少し俯き加減の彼の肩を背後からぎゅっと抱いた。

 城之内くんのそれは100パーセント嫌がらせの為だって分かってるから、嫉妬とか全然しないけれど、それでも恋人の身体にベタベタ触られるのは余りいい気持ちがしない。そして、そう思うのは僕だけじゃなかったみたいで、その様子を見ていた本田くんや杏子からは「早くあれなんとかしてあげなさいよ」なんて言われてしまった。  
 

 昨日始業式を迎えたばかりの、4月初めの放課後の事。
   

 今日は休み明けの実力テストがあった日だったから、殆ど渋々学校に来た海馬くんを捕まえて、学校が終わったら一緒に帰るついでにお花見をしようと持ちかけた。

 最初は仕事が忙しいだの、花見なんぞして何になるだの、貴様は花より団子だろうだの、色々理由を付けて拒否っていたけれど、この間約束を一回破られた事があったからそれをちょっと持ち出して、殆ど引きずる形でここまで連れて来てしまった。

 途中、と言うか教室を出る時にその会話(と言うか殆ど言い争いだったけど)を城之内くん達に聞かれてしまい、案の定「一緒に行こうぜ」なんて言われて結局一緒に居る事になった。勿論海馬くんはただでさえ良くないご機嫌が急降下するし、城之内くん達は喜んではしゃぐしで散々だ。

 でも、お花見場所である童実野公園についてゆったりと桜を眺めていたらそれなりにご機嫌も直ったみたいで、あからさまにふくれっ面をする事は無くなっていた。お花見団子も一緒に食べたし、無理やりやらされた乾杯にも付き合ってくれた(付き合ったと言うよりは、城之内くんに挑発されて勢いでやったんだけどね)

 尤も僕達は制服を着たままだったし時間も時間だからお酒じゃなくって、売店で売ってたラムネとコーラでだったんだけど。だから、海馬くんがまだ不機嫌って事はないと思ってたんだ。

 ただ、確かに大人しいなぁ、とは思っていたけれど。
 

 

「……おい、遊戯」

 不意に海馬くんの肩を抱いていた城之内くんがこっちを振り向いて、凄く微妙な顔をした。何?と言うより早く二人の元に走って行った僕は正面から回り込む形で海馬くんの前に辿り着いて、海馬くん、と声をかけようとした。その時だった。

 かくん、と海馬くんの首が折れて僕の視界に彼のつむじが見えてしまう。えっ、何?!と口にする前に城之内くんが、茫然とした声でこう言った。

「……こいつ、今なんか、目が据わってたんだけど」
「え?!」
「いや、なんつーか、酔っ払いみてぇに。あれ、オレら酒飲んでねーよな?こいつだって……」
「うん、ここにある瓶はコーラだよ」
「あ、ホントだ。じゃーなんで……うわっ」
「海馬くん。大丈夫?起きてる?ねぇっ!」
「………………」

 城之内くんの言葉に僕が慌てて海馬くんの頬を両手で包んで無理矢理上にあげると、確かに海馬くんは眠ってはいなかったけれど、なんか、確かに酔っ払っちゃった人みたくトロンとした目をしていた。……彼の隣りに置いてあるのは、僕達皆が同じ様に一気飲みしたコーラの瓶。勿論コーラはコーラだからアルコールなんか入っていない筈で……。

 じゃあ、どうして海馬くんはこんな事になってるんだろう?

 そうひたすら首を傾げる僕に同じ様に首を傾げていた城之内くんが、「あっ」と小さな声を上げて手を叩いた。

「そういやー聞いた話なんだけどよ、炭酸でも酔う奴っているんだと。こいつ、コーラで酔っ払ったんじゃね?」
「えぇ!?嘘!?」
「オレも信じらんねぇけど……今までこーいうの飲ませた事あるかよ?」
「え?……飲んでるの見た事無い。っていうか、ジュースとか嫌いだと思ってたし」
「あからさまに嫌だとか言ってたんだとすれば、こりゃ自覚有りだったかもな。意外だねぇ、社長さんは高級ブランデーとかガンガン空けてるイメージあんのに、コーラで酔いますか」
「……ど、どうしよう、城之内くん」
「どうしようって……これじゃーどうにもなんねぇだろ。家に連れてくしかないんじゃね?迎え呼べば?」
「この、人混みで?」

 僕達がそんな会話を交わしているうちに、いつの間にか眠くなってしまったのか、海馬くんは僕の肩に頭を預けて本格的に寝入ってしまった。暖かな吐息が首筋に掛かってくすぐったい。これが室内なら良かったけれど、ここは人で混雑しているお花見会場のど真ん中で、行き交う人や周りの人から妙な視線が集まって……。って、僕そういうつもりじゃないんですけど!

「城之内くん」
「あ?なんだよ」
「海馬くんがこうなったのは、城之内くんが無理やりコーラ飲ませた所為なんだから、責任とって手伝ってね!」
「うぇっ?!何を?!」
「今から海馬くんの家に連絡して、迎えに来てもらうから。車まで連れて行ってあげて。この人じゃあ、多分公園から大分離れた場所にしか来られないと思うし」
「ちょ、なんでオレが!」
「僕が海馬くんを持てる訳がないでしょ!悔しいけど!」
「ここまで迎えに来て貰えよ!」
「迷惑かけられないでしょ?!」
「オレにはかけてもいいのかよ!」
「自業自得っ!」

 結局、散々抵抗する城之内くんを杏子と本田くんまで味方につけて言い負かして、完全に熟睡してしまった海馬くんを車まで連れて行って貰ったんだけど、その途中で海馬くんが城之内くんの制服にリバースしちゃったりして、結構な大騒ぎになっちゃった。

 まさかコーラ一本でこんな事になるなんて思わなかった。人生どこに危険が潜んでるか分からないよね(城之内くんが「そりゃオレの台詞だぜ!!」と泣きながら怒ってたけど)  
 

 ……でも、これで一つ勉強になりました。
   

 海馬くんに炭酸類は厳禁って事がね。