Act7 しんらいかんをもってもらうのがたいせつです

「ね、海馬くん。お願い」
「嫌だ」
「どうして?大丈夫だよ」
「貴様がそう言って大丈夫だった試しなどないではないか」
「今までは今まで、これからはこれからだよ。僕、結構優秀な生徒だったんだよ?」
「嘘吐け。ならば何故取得に3ヶ月も掛かった。合宿込みで」
「それはペーパーテストが……」
「どちらでもダメな事には変わりがないわ!」
「あ、そういう事言うんだ?……って、もー本当に大丈夫だよー。大体問題があるんなら合格出来ないはずでしょ?」
「ふん、大方講師も呆れたんだろう」
「酷いっ!どうしてそういう事言うの?!海馬くんは僕が信用出来ないの?!」
「その信頼を尽く裏切ったのは貴様だろうが!去年の夏の事は絶対に忘れんぞ!」
「……う、それはそうだけど。でも今度は本当に!」
「失敗したら死ぬかもしれんものに付き合えるか!」
「海馬くんってば後ろ向きすぎ!勇気を持ってよ!」
「こんなものに賭ける勇気など持ち合わせていないっ!」  
 

 そう言って宿命のライバル宜しく睨みあった二人の背後には新品の国産自動車が一台、燦然とした輝きを放っていた。この春晴れて自動車免許を取得した遊戯がその祝いにと祖父に購入して貰ったらしい。かなり個性的な色をした、男が乗るには少し可愛らしいタイプのその車は、それでも目の前の彼には不釣り合いに見えた。尤も、彼が車を乗るに相応しい様相になるには後数年必要ではあるのだが。

 そんな過ぎた玩具を手に入れた遊戯は、車が届くと早速海馬へと連絡を取り、本来の目的を隠した上で自宅へと呼び出した。たまたま仕事が手すきであった海馬は、たまには息抜きも必要だと平日の昼間と言う時間帯に遊戯の要望に応じてやって来たのだが……。

 黒塗りの高級車から降りた瞬間、ピカピカの車と満面の笑みを浮かべた恋人に出迎えられた彼は、顔色を変えて即自車に戻ろうとしたが、幸か不幸か行動の素早い運転手は狭い路地で邪魔にならない様速攻車を発進させていた。

 走り去る影を半ば茫然として見つめていた海馬の元には、遊戯の笑顔。さっと伸ばされた腕を避けるより早く腰に抱きつかれしまってはなす術がない。海馬は次に紡がれる言葉を遮る為に開口一番「絶対に嫌だぞ!」と叫んだ。

 が、それが素直に受け入れられる筈もなく、冒頭のやり取りに繋がっている。  
 
「人を乗せたいのならオレ以外を当たれ」
「駄目。一番最初に載せるのは海馬くんって決めてたんだから」
「……ではオレに運転させろ」
「それも駄目。だってこれ僕の車だもん。僕が運転しないでどうするのさ。意味無いでしょ?」
「ならば一人で少し練習をして……」
「散々教習所でしたから大丈夫だよ!もうっ、何をそんなに心配してるのさ!」
「そう言って無理強いさせられて乗った自転車で盛大に転んだ身としては、断固拒否したいわ馬鹿者!」

 去年の夏、同じ台詞で押し切られ、遊戯の後ろに無理矢理乗せれられた自転車で車体もろとも転倒した経験のある海馬は、それ以降遊戯の運転技術に疑問を呈し、「貴様は乗り物に乗るな」との『命令』と、「仮に乗る事があっても自分を決して巻き込まない様」に、との『口約束』を交わしていた。

 それが大いに不満だったらしい遊戯は、海馬の目を盗んでさっさと自動車教習所に通いつめ、ついに念願の運転免許を取得した。

 遊戯の笑顔と海馬の渋面の裏にはそんな事情があったのだ。

 自転車では身体に多少の擦り傷と痣を作った程度で済んだが、車ともなるとそうはいかない。大企業の社長でもある身としては、例え恋人の仕業であっても死ぬ訳にはいかないのだ。

 彼の車に乗ると言う事は海馬にとってはその位恐ろしい事だった。

 ……冗談ではなく、真剣に。
 

「一つ聞きたいのだが……貴様、この車に一度でも乗ってみたのか?」
「ううん。だって今来たばっかりだもの」
「今からでも遅くはない。助手席にもブレーキをつけろ。そうしたら乗ってやってもいい」
「教習所の車じゃないんだからそんな事出来る訳ないでしょ!」
「では乗らん。そう約束しただろう」
「口約束でしょ。指切りげんまんした訳でもないし」
「子供か貴様!」
「海馬くんの往生際が悪いっ!もーそんなに怖がらないでよ!」
「ゴーカートで道のない所を選んで突っ込んで行くような奴の事など信じられんわ!」
「何時の話してるのさ!」
「半年前の話だっ!」

   

 はぁはぁ、と互いに肩を上下させながら必死の攻防戦を繰り返した二人だったが、その後騒ぎを聞きつけてやって来た双六の仲裁により結局海馬が説き伏せられてしまい、彼は栄えある第一号同乗者の地位を(かなり嫌々ながら)獲得したのだった。
 

 その結果は ──
 

「なぁなぁ遊戯〜車買ったんだって?いーなーオレも横に乗せてくれよ!ドライブ行こうぜ、ドライブ!」
「うんいいよ、城之内くん!一緒にいこう!」
「あ、でもアレかぁ、海馬にヤな顔されっかなぁ」
「心配無用だ凡骨。許してやるから心行くまで楽しんで来い」
「えっ、マジで?!どういう風の吹き回しだよ?!いーのかよほんとに?」
「ああ。オレは心が広いからな」
「嘘吐け」
「あ、じゃあさ、海馬くんも一緒に……」
「全力で断る!オレはまだ命が惜しい!死ぬかと思ったわ!」
「……ちょ、それどういう意味だよ?」
「な、なんでもないよ城之内くん。海馬くんってば拗ねてるんだよ!」
「……?……へー……」
 

 ── 推して、知るべしである。
 

 ちなみに、この後海馬が遊戯の運転する車に同乗する事は無かったという。