約束から始まる未来 Act3

「うわぁ。童実野町も大分変わったね。高層ビルも凄く増えてなんか大都会みたい。でもKCはまだ一番大きいや」
「まぁ、あれだけの建物を作れる様な企業などそうはないだろうからな」
「残った連中も上手く立ち回ってたみたいだし、とりあえずは一安心だね、兄サマ」
「一安心なものか。オレがいない間に大分社内の規律が緩んでいるらしいからな。一から叩き直してやらなければならないだろう」
「……アメリカの連中が体験した悪夢再び、かぁ……可哀想だぜぃ」
「何か言ったか」
「何でも。……とりあえず、これからどうするの?家に帰る?それとも……直接会いに行く?」
「直……べ、別にそんなに急がんでもいいだろうが」
「なんで?順番的に当たり前でしょ。最優先だよ。兄サマ一人で恥ずかしいっていうんならオレも一緒に行ってやるよ。顔見たらすぐ帰るからさ。オレだって五年ぶりなんだから遊戯の顔、見たいぜぃ」
「………………」
「じゃ、そういう事で。連絡とかしないで直接行っちゃおう。ビックリさせてやろうよ!」
「おい、勝手に決めるな!」
「兄サマに悩ませてたら真夜中になっちゃうでしょ。……あ、もしもし蓮田?今着いた。第三ゲートの所まで迎えに来てくれる?うん。あ、家にも社にも行かないから。え?遊戯の所。場所覚えてるだろ?……そうそう。じゃあ宜しくー」
「……モクバ」
「何で怒るんだよ。ここまで来たら何時会いに行っても一緒でしょ。兄サマは肝心な所で思い切りが悪いから参っちゃうよなぁ」
「うるさい」
「蓮田、空港内にはもう来てるみたいだから早く行こう。もう夕方だし、あんまり遅くなると迷惑だよ」
「だ、だったら今日中に行く必要など」
「もー!兄サマしつこいっ!」

 そう言ってぐい、と強く腕を引くモクバの力に引きずられつつターミナルを後にした瀬人は、そのままの形で迎えの待つゲート前へ連行され、殆ど無理矢理横付けされていた黒塗りの車に押し込められる。

 乗車後直ぐに運転手に指示をし直そうと開きかけた口は、即座に伸びて来た大きな掌で塞がれモクバの発言に異を唱える事が一切出来ない状態で、彼は車が武藤家に向かって走り出すのを見過ごす事しか出来なかった。

 この時ほど瀬人は弟の成長を疎ましく思った事はない。身長はおろか腕力さえもいつの間にか大幅に追い抜かされ、今では腕相撲などしようものなら全戦全敗だ。故に今も必死になって抗ってはみたものの、びくともせずに結局なすがままにされてしまう。仕方なく唯一の抗議手段として蒼い瞳をこれでもかと鋭く細めて睨みつけてやったが、そんなものがモクバに通用する訳もなく、逆にあっさりとたしなめられた。

 全く、これではどちらが兄で弟か分からない。内心酷く憤慨しながら、そう口の中でブツブツと呟いていると、隣のモクバは至極嬉しそうに瀬人を眺めながら「23にもなって子供みたいな意地張らないでよ」とトドメを刺して来た。その声に返す言葉など勿論無い。

 二人がこの童実野の地に降り立ったのはほぼ夜に近い宵の口で、辺りは既に暗闇に包まれ華やかな町灯りと派手なイルミネーションに彩られていた。上空からもキラキラと輝いていたそれは、間近で見るとより眩しく感じられる。

 こんな光景はつい数時間前まで世界的大都市に居た瀬人にとっては何ら珍しいものでは無かったが、やはり懐かしい故郷のものとなればまた別で、そんな必要も無いのについ物珍し気に眺めてしまう。

 モクバの言う通り大分様変わりしたのだろう町並みは瀬人の記憶の中のそれとは大きく異なっていて、まるで別世界に来た様だった。

 五年と言う月日はそんなに長いものだったのだろうか。今まで敢えて考えない様にしていたが、この地を離れる直前の出来事を思い出せと言われれば、全ての事がつい昨日の事の様に鮮やかに蘇って来るというのに。

「五年ってさ、短い様で長い時間だったんだね。もう何が何だか分んないや。今度ゆっくり町を探索してみようっと」
「そうだな」
「流石に高校の場所とかは変わってないと思うけど……あ、でも童実野高校って兄サマ達の代で建て替えする予定だったんだっけ?」
「ああ、そんな話を聞いた気がする。改修か移転かで揉めていたらしいからな」
「行ってみよっか?」
「行ってどうする」
「だってどうなったか気になるじゃん」
「下らん。つまらん事に時間を割く気はない」
「あ、そっか。オレと行ってもしょうがないもんね?」
「何故そうなる!」

 言外にさり気なく遊戯の事を臭わせつつ、意地悪気に笑うモクバの顔を睨みながら、瀬人は知らず高まる胸の鼓動に気付かない振りをして、些か大げさに「まぁまぁ」なんて余裕を見せる弟に食ってかかる。そんな兄の様子を知ってか知らずか、モクバは運転席に座って微笑まし気に背後の会話を聞いていたらしい蓮田にひょいと顔を近づけ、少しだけ音量を抑えた声で口を開いた。

「そういえば、蓮田。さっき聞くの忘れたけど、遊戯ん家……亀のゲーム屋ってまだあそこにあるの?」
「ございますよ。あの辺は新築マンションが数件建った程度で然程変わってはおりませんから」
「あるって、兄サマ!」
「いちいち確認せんでもいい!」
「遊戯、いるかなぁ。あーなんかドキドキして来た!変わってたらどうしよう?」
「ふん……今のお前ほど変化はないと思うが。腰を抜かすのは遊戯の方だな」
「オレ、そんなに変わったかなぁ。まぁ、背は伸びたと思うけど」

 でも良かったね、遊戯の家が残っていて!

 この町同様驚くべき成長と言う変化を遂げ、それでも人懐こい笑みは変わらないモクバは笑いながらそんな事を口にする。その様を何とはなしに眺めながら、瀬人は徐々に今自分が『彼』の傍にいると言う事を今更ながら実感し、ほんの僅かに口元を引き締めた。気付かない振りを決め込んでいた胸の高鳴りが、少しだけ大きくなる。
 

『変わってたらどうしよう?』
 

 成長期も終わっただろう男が五年の月日の中で外見的に何か変わるとは思えない。現に同じ時間を共有していた高校時代の約二年間、何一つ変わる事が無かった。何時まで経っても子供の様な容姿と稚拙な思考は本人も大分気にしていたし、瀬人自身も何かと思う事があったが、そんな些細な欠点など一気に超越してしまう程の優れたものを数多く持っていたからこそ、瀬人は彼に惹かれたのだ。

 故に見かけの変化などどうでもいい。重要なのはその中身だ。

 「変わっていたらどうしよう」というモクバの小さな呟きに強く心が反応したのは、まさにその事が頭を過ったからだった。勿論自分の気持ちには変化がない。変わり様が無かった。けれど相手もそうと言えるだろうか。
 

『僕は何年でも君を待つよ。君が「もう嫌だ」と言わない限り』
 

 離れる事を選択したのは自分であり、それを二つ返事で了承したのは遊戯だった。意を決してその事を告げた時、彼は最初からそんな事は分かっていたと言わんばかりに驚きも怒りもせずにただ、小さく頷いた。頷いて、にこりと笑った。

 こんな場面で、どうしてこの男は笑っていられるのだろう。最初から分かっていたのなら何故恋をしたのだろう。諦めずに手を伸ばして来たのだろう。自らが招いた事態であるにも関わらず、瀬人は目の前の遊戯の様子に酷く驚いて……落涙した。そして、思いがけない場面に訳が分からないまま最初で最後の嗚咽を漏らした。

 何故、自分がここで泣かなくてはならないのか。ここで泣くのは目の前で笑みを見せる遊戯の筈では無かったのか。何もかもが予想外で、だからこそどうしたらいいのか分らなくて、瀬人はただ顔を歪めて口を覆う事しか出来なかった。
 

『泣かないで、海馬くん。君が泣いたら、僕が泣けなくなっちゃうじゃない。もう、海馬くんらしくないなぁ』
 

 そんな彼の事を遊戯は少し困った顔で見上げながら、あの温かな両腕で力一杯抱き締めてくれたのだ。痛みを感じる程強く。息が詰まる程の優しさで。

 あの時の気持ちを、今も忘れないでいてくれるだろうか。それとも薄情な自分に愛想を尽かして、新たな恋を見つけているだろうか。例えそうだとしても瀬人に責める権利は無い。有る筈も無いのだ。
 

『……次に僕の所に来た時には、君を捕まえて二度と手を離さないから。誰がなんて言っても、君が嫌だと言っても、絶対に。……その覚悟が出来たなら、戻って来て』
 

 ── 覚悟は、出来た。否、とっくの昔に出来ていた。けれど……お前は?
 

「兄サマ、この角を曲がったらもう遊戯の家だね。覚えてる?」
 

 ああ、覚えているとも。忘れるものか。
 オレはあの時から変わっていない。色褪せたものも失ったものも何一つない。

 だから、早く。戸惑いが不安に変わる前に。
 

 心の底から会いたいと思った。……あの笑顔に、もう一度。
「クラスメイトって立場は美味しいね。受付あっさり通っちゃったよ」
「貴様、何をしに来た」
「何をしにって、酷いなぁ。海馬くん、あれから全然学校来ないじゃん。プリントが机の中に入らなくってさぁ、上に山積みになってたんだよ?」
「ふん、どうでもいいわそんな事。大体プリント届け等という名目で社に足を運ぶ輩など見た事が無い。どうせその内担任が嫌々家に持って来るのだから放っておけばいいのだ」
「知ってるよ、そんな事」
「ならば何故来た」
「何故って。海馬くんに会いたかったからに決まってるじゃん。プリント届けって言うのは口実……って言うかついでだよ」
「………………」
「あ、もしかして僕の事、意図的に避けてたりした?」
「何?」
「だったらごめん。気を付ける」
「……意味が分からん。とりあえず、立っていられると落ち着かない。その辺に勝手に座れ」

 そう瀬人が溜息と共に吐き出すと、遊戯は一瞬迷う様な素振りを見せ、その後素直に「うん」と言って部屋中央にあるソファーの中で一番デスクに近い場所を選んで慎重に腰を下ろした。見ただけで高級だと分かる鞣革がその軽い体重を受け止める。その瞬間、遊戯は妙な叫び声を上げて、まるで子供の様にソファーに両手を付いて身体を上下させた。どうやら感触が面白いらしい。

「さすが社長室のソファーだね。こんな気持ちのいい座り心地、初めてだよ」
「オレもソファーごときでそこまで喜ぶ輩を見るのは初めてだ。子供か、貴様」
「酷いなぁ。僕は嬉しい事や楽しい事を我慢しないタイプなの」
「少し自重しろ。もう16だろうが」
「残念でした。僕は君と違ってもう17になったんだよ。知らないだろうけど僕の誕生日、6月4日なんだ」
「……何?!」
「どうしてそんなに驚くのさ。あのね、年齢は身長とか頭の良さじゃないんだからね。勘違いしないでよ」
「……有り得ん。貴様が同学年というだけでも有り得ない話なのに」
「悔しい?」
「悔しくはないが、納得できん」
「納得してくれなくていいよもう。とにかく、そういう事だから」

 そう言ってむっと頬を頬を膨らますその顔を眺めながら、瀬人はやはり「有り得ない」と心の中で呟いて、小さな溜息を一つ吐く。そんな彼の仕草にこちらも納得がいかないのか、再び目線を瀬人に戻した遊戯は尖らせた口のまま「なんで溜息が出るのさ」と呟いた。

「そんなに僕って子供に見えるのかな」
「自覚が無いとは幸せな事だな」
「……自覚はあるけど、そこまでとは思ってないよ」
「ほう」
「だから、君に好きだって言ったんだ」
「………………!」
「君よりも早く一つ年をとって、ちょっとは大人になったから、君に自分の気持ちを伝えたんだよ?」

 感極まり過ぎて泣いちゃったけどね。その辺は、まだ子供なのかも知れないけど。

 トン、と小さな音がして存分に楽しんだらしいソファーから降りてしまった遊戯は、至極真剣な顔をしてデスクに座る瀬人の元へと歩き出す。安っぽいスニーカーの靴底が磨き上げられた大理石の床を踏み締める度にキュ、と耳障りな音がした。眼下に迫る顔。何故か目を離せずに彼が歩みを進める様を眺めていると、この顔を至近距離で見たあの日の事を思い出す。

 放課後の教室で、オレンジ色の光に染まりながら突然「好きだ」と言い出した幼い顔。あの時は余りにも突然で予想外な出来事にその台詞の意味を良く考える事すら出来なかったが、時間の経過と共にじわじわと確かな温度を持って自分の中に沁み込むのを感じた。そしてその真意をはっきりと理解した時、瀬人は大きな驚きと、微かな恐怖を胸に抱いたのだ。こんな事は初めてだった。

「海馬くん。はい、これ」

 そんな事を無意識に考えていた瀬人の眼前に、突然白い物体が突きつけられた。ふわりと鼻孔を擽る甘い花の様な芳香に、彼は思わず身を引き問う様に遊戯を凝視してしまう。

「……なんだ?」
「なんだって。忘れたの?君のハンカチ。ちゃんとクリーニングして来たんだ。母さんに借り物なんだよって言ったら何時もの倍丁寧にしちゃってさ」
「そんなもの、くれてやると言っただろうが」                 
「うん、でも。やっぱり悪いから。受けとって」

 そう言ってますます近くに迫って来る遊戯の手に根負けする形で、瀬人は長い間キーボードの上から離れずにいた右手を伸ばし、そのハンカチを受け取った。そして遊戯に少しの間握り締められていた所為で仄かな体温が残るそれに居心地の悪さを感じ素早く己のポケットに納めてしまう。これで用は済んだのだろうと、離した手を再びキーボードに戻そうとしたその時、瀬人は思い切り目を瞠った。

 何故ならハンカチを納める為にポケットに潜り込んだ指先が、身体から離した瞬間遊戯の手に掴まれていたからだ。触れた個所から伝わるハンカチに残されていた温もり等直ぐに消し飛ばしてしまう様な温かな体温。その感触はあの日の事を思い出させて、瀬人はまた反射的に身を引いてしまう。

「っ!何をする!」
「何もしてないよ。手を触らせて貰っただけ。綺麗だなぁって思ったから」
「な……」
「君がデュエルをする時ね、僕、どうしてもこの手に目が行っちゃうんだ。カードを扱う君の指先、凄く綺麗だから」
「………………」
「僕もこんなに細くて長い指だったらいいのにな。尤も身体と合ってないと変だけどね」
「……離せ。それと、妙な形容詞を使うな。気色悪い」
「気色悪いって。素直に思ってる事を言っただけだよ」
「それが嫌だと言っているのだ!」
「なんで?褒めてるのに」
「男が男にどの個所の事であれ『綺麗』等と言われて喜ぶと思うか?!」
「僕は言われたら嬉しいよ。言って貰った事ないけど」
「貴様はどうあれオレは嫌だと言ってるんだ」
「……うー。綺麗な物を綺麗って言葉以外にどう表現すればいいのさ」
「簡単な事だ。口を開かなければいい」
「それじゃー思ってる事が伝わらないでしょ」
「別に、伝えて貰わんでも結構だ。どうでもいい」
「どうでもいいって」
「煩い。手を離せ」
「………………」
「遊戯!」

 瀬人は少々ヒステリックにそう叫んでも、遊戯は握り締めた指先を離そうとはしなかった。それどころか開いていたもう片方の手まで駆使して両手でしっかりと掴んで来る。その余りのしつこさに力の限り手を振って跳ね飛ばしてやろうかとも考えたが、相手に悪意がある訳でもないのでそれも出来なかった。やはり、居心地が悪い。ただ、手指が触れ合っているだけなのに。

「そんなに緊張しないでよ海馬くん」
「だ、誰が緊張なぞしているか!貴様が余計な真似をするからだろうが!」
「手を触る位誰だってやるでしょ。君もいつもモクバくんと手を繋いだりするじゃない」
「モクバと貴様を一緒にするな!」
「あ、そっか。そうだよね。一緒にされたら僕が困る」
「おい、貴様いい加減に……!」
「ごめんごめん。わかったよ。ちょっと残念だけど、はい」

 そう残念そうに呟いた遊戯の手が掴んだ手を解放するのと、たまりかねた瀬人が思い切り腕を振るうのは同時だった、ひゅっと力任せに空を切った白いそれは、遊戯の髪を風圧で靡かせた後不自然な形で机上へと戻って行く。その動向を最後まで目で追っていた遊戯は、少しだけ残念そうな顔をすると小さな溜息を一つ吐いた。そして、くるりと背を向ける。

「もう、そんなに怒る事ないのに」
「フン、誰の所為だ」
「海馬くんが珍しく逃げ腰だからでしょ」
「何?」
「言っとくけどね、僕、諦め悪いよ。あの千年パズルを組み立てたんだから。頭は悪いし、全然強くないけど、絶対に諦めない」
「………………」
「でも、それは海馬くんも同じだよね。だから僕は君が好きなんだ」
「っ!オレは」
「お互い諦め悪いんだからさ、仲良くしようよ。ちょっとずつでいいから」

 ゆっくりとした足取りで元居たソファーへ戻った遊戯は、再びそこに身体を預けながらそう言った。そして、再び瀬人を見あげるとなんの屈託もなくにこりと笑う。まるで幼い子供の様に酷く無邪気に。

「仕事が終わったらさ、デュエルしようよ。待ってるから」

 その笑顔を崩さないままそんな事を言う遊戯に、瀬人は何も言えず、ただ目線を下に落としただけだった。そんな暇は無い。勝手な事を言うな。さっさと帰れ。何時もならすらすらと出てくるだろう言葉は何故か喉奥に引っ込んでかき消えてしまう。キーボードに手が戻る。しかし、何を入力するのか忘れてしまった。有り得ない事だと、彼は密かに舌打ちした。

「……デュエルをしたら貴様は帰るのか?」
「うん。帰るよ」
「ならば今相手をしてやろう」
「ほんと?!じゃあデッキを用意するよ」
「フン、貴様など瞬殺してやる」
「そんな事はさせないよ。僕だってちょっとずつ強くなってるんだからね!」
「どうだか」
「それに」
「それに、なんだ」
「君と少しでも長く居たいから、そんなに簡単にはやられないよ」

 広いテーブルの上に、小さな音と共にデッキが置かれる。それに手を置き、上目遣いでこちらを見あげる遊戯の顔には先程とは違う笑みが浮かんでいた。挑戦的なその言葉を現すように僅かに口角を上げた不敵とも言える薄い、笑みが。

 それに、図らずも胸がドキリとした。

 デュエルの前の高揚感とは明らかに違うその鼓動の高まりに気付かない振りをして、瀬人もまたデッキを手にソファーに座す彼の元へと歩んで行き、その正面へ座して対峙した。互いの目が相手を捕らえ、小さく息を吸う、そして。
 

「デュエル!」
 

 二つの声が、静寂に満たされた広い部屋に木霊した。