Act2 望みがどんなに薄くても(Side.城之内)

「海馬!お前に聞きたい……いや、言いたい?事があるっ!」
「……いきなり押しかけて来て煩いな。なんの用だ。それに質問か疑問か断定かはっきりしろ」
「えーと……じゃあまず質問!」
「却下」
「ちょ、まだなんも言ってねぇ!」
「貴様の質問など下らない事に決まっているからだ」
「ひでぇ。聞くだけ聞いてよ」
「30文字以内で纏めてからにしろ。貴様の話は要領を得なくて意味がわからん」
「大丈夫!10文字で足りる!」
「では言ってみろ」

 オレが見事に失恋した次の日。夕暮れのKC本社社長室。オレは昨日心に決めた通り、海馬に愛のダイレクトアタックをする為に放課後速攻でここにやって来た。勿論アポなしで。

 なんで今日なのか、というと思い立ったら即実行!がオレのモットーなのと、何より遊戯が居残りをしているからだ。肝心なところで邪魔をされたらたまんねぇからな。敵の動向をちゃんと把握するのも戦略のうちだぜ。

 そんなわけで、オレは今海馬の前に立っている。水面下で激しい火花を散らし始めた周囲の状況なんて全く分かっちゃいないのか、当の本人はいつものスーツ姿でテキパキと仕事をしていた。オレを見た瞬間すっごく不愉快そうに眉を顰めたのが気に入らないけど、こいつはモクバ以外の人間には全部この顔で対応するらしいので余り気にしない事にした。や、社長としてはどうかと思うけどよ。

 しっかし『海馬くんのクラスメイト』の効果ってすげぇ。普通は何重ものセキュリティを通さないと入れないこの場所まで一発だもんな。ちょっと警戒が足りないんじゃねぇ?クラスメートを装って入り込まれたらどうすんだよ。ま、今はそんな事どうでもいいけどさ。

「どうした凡骨。早く言え」

 冒頭のやりとりの後一瞬黙ってしまったオレに、海馬は少しだけ苛立ったようにそう声をあげる。うん、質問すんのは簡単なんだけど。問題はどうやって聞くかなんだよな。海馬の無駄な怒りを呼ばないようにやんわりと聞いてみるか、それともそんなまどろっこしい事しないでダイレクトにズバリと突っ込むか。……まあどっちにしても聞く内容が内容だから、不機嫌にさせる事は間違いねぇんだけど。うーん。

 まぁいっか。30文字以内で纏めるの面倒だし。ズバッと言えば。

 長い時間考えるのも面倒臭くなったオレは、さっさとそう決めてしまうと、大きな深呼吸を一つして真っ直ぐに海馬を見た。そして思い切ってこう言った。

「お前、遊戯とヤッたって本当?」
「は?」
「あ、ごめん、間違えた。遊戯とキスした事ある?……って!うわっ!あぶねっ!!」

 瞬間、ヒュッと風を切る音がして、オレの頬を何かが掠めて飛んでいった。ついでガシャンと派手な音と共に背後で何かが床に散らばる。慌てて顔だけで後ろ振り向くと、丁度扉の前に金属製のペン立てとその中身がバラバラになって転がっていた。中には鋏やカッターなんかもある!おまっ、これをオレに投げつけたのかよ?!こえぇよ!!

 と、背に冷や汗をかいた途端、今度は正面から凄い罵声が飛んでくる。

「貴様ぁ!そんな下らない事を言いに来たのかこの下種が!!」
「そんなに怒るなよ。だって気になるじゃん」
「ふざけるな!!何がどうなって貴様がそんな事を口にするに至ったんだ!」
「え?別に経緯なんてどうでもいいだろ。純粋なオレの疑問なんだから。答えは?」
「貴様に答えてやる義理などないっ!帰れ!」
「したかしないか位答えられるだろ?」
「だから何故貴様に答えなければならないのだ!関係ないだろう!」
「いちいち怒鳴んな!関係あるんだよ!」
「何が関係ある?!」

 ガタッ!と大きな音を立てて海馬が立ち上がり、机に手を叩きつけて身を乗り出しつつオレを思い切り睨んでくる。その顔と剣幕に一瞬怯んだものの、これはある意味チャンスだと思った。どういうタイミングで海馬が好きだ、と言おうかと迷ってたけど、この勢いなら言える!

「オレもっ!お前の事が好きだからッ!」
「はぁ!?」
「だから!オレもお前の事が好きだっつってんだよこの野郎!」
「………………」
「そ、そういうわけだから、お前と遊戯が何処までいっちゃってるか知りたいんだよ!」
「………………」

 オレがそう叫んだ声が部屋中に木霊して……やがて消えていく。オレが好きだと口にした瞬間、海馬はまさに呆気に取られた顔をして、あんなに凄まじい勢いだった表情や声はすっかり消えてなくなり、オレをただ呆然と見つめている。

 ……オレがお前が好きなの、そんなに予想外だったってか。結構オレ態度に出してたつもりなんだけどな。そりゃ、顔を合わせりゃ喧嘩しかしてなかったけどよ。オレ、ああいう喧嘩お前としかしてねぇし。あーでも無理か、お前まずオレに興味なかったもんな。でもそこまで吃驚する事もないだろうに。

「……え、と……。ちなみに今のがオレがお前に『言いたかった事』です」

 沈黙が重い。ひたすら重い。

 海馬は相変わらずオレを見つめたまんま、全然口を開く気配がない。……つーかなんでもいいから何か言ってくれないかな。オレとしても勢いでとは言え告白した後無言だと、すげー居心地悪いんだけど。

「………………」

 数秒後、さすがにいたたまれなくなって下を向く。そのだんまりはさっきのオレの質問に対する肯定なのか否定なのか、もしくは今のオレの台詞に対する受け入れる意思か、拒絶の意思か、全く読めない。

 それからまた数秒後。いい加減時間も経ち過ぎて、意味不明の海馬の態度にオレがほんの少しイラッとし始めたその時だった。漸くオレの言葉を理解したのか、二三度意味有り気な瞬きをした海馬は、ゆっくりとオレを見返して幾分抑えた声でこう言った。

「だからどうした」
「えっ?」
「だから、それがなんだと言うのだ」
「なんだって。お前、人の告白に対してそういう聞き返し方ってある?」
「他に言いようがないだろうが」
「……つか、お前はどうなのよ」
「何が」
「オレに告白されてどう思った?」
「だから、それに対する答えが「だからどうした」なんだが」
「……ナニソレ」
「オレは貴様の事など考えの片隅にも入れた事はないわ」
「……じゃー遊戯の事は?」
「何故遊戯が出てくる。貴様等、何か話したのか?」
「ああ、昨日ちょっと。さっきの質問もそっから来てる」
「……なるほど」
「で、どうなんだよ。ごまかさないでちゃんと言え」
「ごまかすもごまかさないもない。遊戯の事に関しても貴様と一緒だ。……ああ、比較をすれば貴様よりは多少認識度は上、と言ったところか」
「キスはっ!?」
「調子に乗るな!そんなモノを他人にベラベラ喋るかっ!ノーコメントだ!」
「一番重要なのはそこなんだけど!」
「知るか!!もう出て行けっ!!」
「うわっ!ちょっと待って!まだ話は終わってねぇし!」
「問答無用!!」

 そう言うが早いが、海馬はデスクから離れて速攻オレの元にやって来て、制服の襟を掴んでズルズルと扉まで引きずって行くと、そのまま片手でポイッとオレを廊下に放り出しやがった。間髪入れずに閉まる扉。もう一回開けようとしてもビクともしない。あの野郎、ロックしやがったな!てかオレの鞄室内なんだけど!!

「ちょ、海馬!オレの鞄、部屋の中っ!」

 オレは慌てて扉横にある直通の通信システムに向かってそう叫んだ。すると直ぐに扉が少しだけ開いて、ボロ鞄がオレと同じ様に捨てられる。……ちょっと、もう少し丁寧に扱ってくれてもバチ当たんねぇと思うんだけど……酷ぇなぁ。

 オレは目の前に投げ出された鞄を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。もうちょっと話がしたいと思ったけれど、あんなに怒らせちまったら多分会話は成り立たないだろうし、海馬も絶対口を割らないだろう。

 けど、とりあえずオレの気持ちは伝える事が出来たから、まぁいいか。一応聞いて貰ったし。マッハで断られるかと思ったけど、そうでもなかったし。……受け入れられる望みは限りなく薄いけど。

 あーでもホント、遊戯とは何処まで行ってんだろー気になるー。
 

 気になりつつ、オレはこの日は大人しく家に帰った。

 夜に遊戯からなんか牽制っぽいメールが来てたけど、返信が面倒だから見なかった事にした。