Act4 もしかして嫌われた?(Side.城之内)

「なぁ、お前マジで遊戯の事が好きな訳?」
「……だから何故貴様にそれを答えなければいけないのだ」
「言ったじゃん。オレはお前が好きだって」
「ならば、オレも貴様に答えただろう?『だからどうした』と」
「それって答えになってないだろ」
「それしか答えようがないのだから仕方がないだろう」

 そういうと海馬はいかにも高級そうな机の上に両肘を付き、組んだ両手の上に顎を乗せて、はぁ、と大きな溜息を一つ吐いた。カチコチと響く時計の音と、時折鳴り響く電話の着信音以外本当にここ……KC社長室は静かな場所だ。

 昨日の体育の授業終了後遊戯と海馬のキスシーンをモロに見てしまったオレは、その日一日テンションが地を這って、バイト先でも「失恋したのか?」とからかわれる程落ち込んだんだけど、余り考え込まないのがオレのいい所で、一晩寝て起きたらすっかり浮上してしまい、「まだ海馬の側がどう思ってるか分かんねぇし!」とばかりに意気揚々とここに乗り込んできたんだ。

 最初海馬はオレの顔を見た瞬間、苦々しい顔をして「帰れ」と言ったんだけど、本当に顔も見たくないのなら門前払いを食らわせる筈で、とりあえず社長室まで通して貰ったんだからこれは所謂OKだと理解した。だってそうじゃん。ほんとに嫌なら受付に断らせるだろ。居留守使う事だって出来るんだしさ。

 そんなこんなで、無事海馬の所までたどり着く事が出来たオレは、まどろっこしい事は一切ナシで、単刀直入に聞いてみた。……ダチはオレのそういうデリカシーがない所がダメなんだと口を酸っぱくして言うけれど、どんな言い回しをしたって聞きたい事は一つなんだから同じ事だろ。

 ……まぁ流石に前の様に「ヤッたの?」なんて言うのはマズイかなーと思ったけどさ。

 とにかく、そんなオレの言葉に海馬は一瞬嫌、というよりは痛いところを突かれた様な微妙な表情をしてオレを見ると、少し間を空けつつさっきのような返事をして来た。……だからなんだってなんだよ。そいつの事どう思ってるかぐらい考えなくても分かるだろ?自分の事なんだからさ。

 オレがそれきり黙ってしまった海馬に追い討ちをかけるようにそう言うと、奴はやっぱり妙な顔をして黙秘権を行使した。……あれ。だってお前遊戯と昨日キスしてたじゃん?そーゆー事をするって事は好きって事だよな?ん?なんかオレ認識間違ってる?

 海馬の態度をみればみる程そんな気持ちが膨らんだオレは、結局本人にその事を言ってみる事にした。別に覗き見してたわけじゃないぜ。帰り道に偶然見ちまったんだからしょうがないよな?

「なぁ、お前さぁ」
「なんだ」
「昨日、遊戯とキスしてたろ?体育の後、自販の傍でさ」
「…………!!なっ……」
「あ、言い訳とか聞かないから。オレそれ見てたし」
「っ……な、何故、貴様がそれを?!」
「んな事言われても。別にお前等隠れてしてたわけじゃねーし。丸見えだったけど。オレだけじゃないかもよ?目撃者」
「………………」
「……まあぶっちゃけ遊戯はオレに気付いてて見せる為にわざとやってた感じだったけどな。あいつオレにお前の事で敵意剥き出しだし」
「…………う」
「まあ、それは良くないけど……いいとして。お前的にはどうなのかなーって。こないだもオレが告った時、何も教えてくれなかったけど、実際あれが始めてじゃないだろ?」
「……ノーコメントだ」
「あっそ。でもそーやってキスまでする仲なら、好きか嫌いか位言えるんじゃねーの?オレ、何か難しい事言ってるかね。あ、この間みたいな何言ってんだか分からない曖昧なコメントはいらないですから。はっきり言ってくれ」
「だから、何故貴様に!」
「だぁって、そうしないとオレも攻めようがないじゃんか。お前も遊戯が好きで相思相愛〜ってんならちょっと考えるけど、そうじゃないんならさぁ」
「……もし、そうじゃないのなら、どう……するのだ」
「ん?そりゃ勿論全力上げて戦うのみっしょ。オレ、お前の事マジで好きだし」

 そう言うとオレは、ちょっとだけ距離があった海馬との間をなんとなく詰めながら、こっちを見ているその顔をじぃっと下から覗き込むように見つめてやる。うーん、これはもしかしたらもしかするかも。

 だってなんかこいつ、反応が変じゃね?実際マジでオレに気がなかったり遊戯が好きだったらこの時点で速攻それをオレに投げ付ければいい訳だし、「もし」なんて話をする必要なんかない。でもこいつはそれをしないで変な風に口篭ってる。キスの事だって見られた事が恥ずかしいから不機嫌になってるとか、そういうのとはまた違うみたいだし。
 

 ……という事は、やっぱコイツの方は遊戯の事をなんとも思っていないのかも。オレにもまだ望みがあるって、そういう事?
 

 そんな事を考えながら、オレは何時の間にか海馬の机の直ぐ傍まで来ちまってて、腕を伸ばせば届く所に辿りついた。海馬は相変わらずオレを見ている。その顔に、さっきまでの嫌な様子は、オレから見たら微塵も感じられなかった。

 これって、もしかしたらチャンスかも。つーかなんか反応しろよ。襲うぞマジで。

 どこかポカンと呆けたような顔でオレを見あげるその表情を見ていたら、オレはもう一瞬にして全ての考えが頭から飛んでしまって(これもオレの悪い癖だ)、なんか無意識に、本当に無意識に……
 

 海馬に、キス、しちまってた。

 キスって言っても、そんな本格的な奴じゃなくって、ただ唇を合わせただけの様なライトキス、だったんだけど。そういう問題じゃないよな、この場合。

 ど、どうしよう?!
 

「──── ?!」
「ぅわっ!ごめんっ!つい、弾みでっ!」

 キスした瞬間、海馬が余りにも驚いた顔で固まるから、オレはすぐに奴から身体ごと飛びのいて、思わず大声で謝った。よくよく考えたらコレが謝る事なのかどうなのかも分からないけど、突然だった事と、やっぱ驚かせてちまった事はマズかったかなって、そう思って。

 オレがそうして必死に謝り倒している間、海馬はやっぱり驚きだか困惑だかに固まったまま、一言も言葉を発しなかった。いつもなら何もしなくても罵ってくる口はオレが離れた時の状態のまま放置されてて、苦い顔も、慌ててそこを拭うような真似もしない。それこそやっぱり茫然自失状態だった。

 ……こ、これは「やっちまった」のか?それとも「成功した」?……ど、どっちなんだろう?

「あの、海馬くん……?」

 いつまで経っても動きを見せない海馬の様子に、流石のオレもいい加減不安になってきて、一旦飛びのいた身体を再び一歩近づけて、オレはその白い顔を覗きこむ。すると、やっと海馬も事態を把握できたのか、ほんの少しだけ目線を上げて、唇を引き締めて、今度はちゃんと自分の意志でこっちを見てくる。……さぁ、次に来るのは怒鳴り声か?そう思って、僅かに身を引き締めた、その時だった。

 ビクリッ、と海馬の身体が一瞬跳ねて、奴は慌てて懐に手を突っ込む。そしてすぐに取り出されたそれに握りしめられていたのは多分奴の携帯電話。カチリと小さな音がしてその中身をすぐに確認した海馬は、次の瞬間今までの呆けた様子を一転させて、どこか慌てた様子でオレを見ると口早にこう言った。

「ここから出ていけ凡骨」
「はい?」
「いいから、ここから出て行けと言っている!今すぐだ!」
「ちょ、な、なんだよ急に。お前、そんなにオレからキスされたのがショックだったのかよ」
「煩い!それ以上口を開くな!出ていけ!!」

 最後は殆ど悲鳴のような声を上げて、そう叫んだ海馬は、こうなったら実力行使だとばかりに颯爽と席を立ち、オレの背中をがっしりと押さえつけて有無を言わさず社長室の扉の前まで押していく。その間にもオレは「ちょっと待てよ」とか「押すな」とか散々口にして抵抗もしたんだけど、悲しいかなこの不利な体勢じゃ幾らオレでもどうする事も出来ず……結局、そのまま力任せに外へと押し出されてしまった。

 オレがくるりと振り向く前にすかさず電子ロックがかかる音がする。更に外から中へと通じるインターフォンも全て通じなくなっていた。事実上の完全シャットアウトだ。お前……どんだけオレの事排除したかったんだよ?!ちょ、えぇ?!

 ……その後、未だ諦めきれずに粘ったオレがどれだけ中の海馬に呼びかけても、途中廊下で出会ったモクバに協力を要請してみても、海馬は一切オレとのコミュニケーションを拒絶して沈黙を貫き通した。ここまで徹底してるともう何をしたって無駄な様な気がしてくる。実際、無駄だったんだけどさ。携帯も即効着信拒否されたし。

 うぅ、これってもしかしなくても、思いっきり嫌われた?やっぱ、いきなりキスしたのがまずかったのかなー。や、女なら引っぱたかれるようなやり方だったけどさ、確かに。でもお前、オレといるのそんなに嫌がってなかったじゃん。なんだかんだ言って、唇も拭わなかったじゃん。どういう事なのその辺?

 既に2時間粘った社長室の扉を眺めながら、オレは大きな大きな溜息を吐く。そして、今日は仕方がないから家に帰る事にした。こうなったら幾らどうにかしようと足掻いたって無駄だもんな。

 肩を落としてとぼとぼと帰るオレの事をどことなく気の毒そうな目でみる受付のお姉さんに軽く頭を下げると、オレはいつもよりも大分時間をかけて暗い夜道を歩いて帰った。

 途中すれ違いざま、視界の端になんか見慣れたツンツン頭を見たような気がしたけど、それを確認する気力もなかった。今の気分は、昨日のアレよりもずっと落ち込んで、地を這うどころか地下に潜ってる感じだった。あーあ、なんでやっちゃったんだろうなぁ。何回後悔しても、時間は元に戻らない。

 けれど、オレはやっぱりゲンキンだから、また一晩眠れば今日の事もいいように解釈出来るんだろう。……出来るといいな。例えお前が遊戯のモノだって、オレの事が嫌いだって、結局は諦められないし。

 そう思いながらなんとはなしに上を見ると、夜空にはやけに大きな満月が綺麗な円を描いて辺りを明るく照らしていた。オオカミになり損ねた。そんなくっだらない台詞が頭の隅に浮かんでは消えていく。

「……あー、なんか切ないなぁ」

 ぽつりと呟いたその言葉は、もう一度零れた溜息と共に、明るい夜の闇に吸いこまれた。
 

 でも、それでも。

 オレはやっぱり……お前が好きなんだ。